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「世那」  零が綺麗に笑う。 「僕は最初から、ずっと君のものだよ」  だから忘れないで。いつか一人に(・・・)なる日が来ても、覚えておいて。  口に出されなかった言葉まで、聞こえた気がした。 「――言われなくても」  そんなこと決まっている。俺は吐いた息で笑ってみせた。  もう一度、手に力を込めて見つめ合って――それだけで、現実に戻るのだと約束を交わす。  どちらからともなく重なった手を引いて、俺が立ち上がった音が、全てが本当でできたこの魔法の終わりを告げた。 (大丈夫)  瞬き一つで、俺もこいつも、今朝までと同じ目に戻る。  これは約束だ。二人で生きるための。  「おやすみ」 「おやすみ」  いつもと同じ、自然と低くなってしまう声を装う。返されたのもいつもと同じ、明るく穏やかな声。  俺は踵を返して、部屋から足を踏み出した。  ドアの閉まる音が耳を上滑りする。  まだ。まだだ。  自分に言い聞かせながら意識的に足を動かす。廊下を歩いて自室の前で立ち止まる。手を伸ばして部屋のドアを開けて、身体を部屋に押しやった。   は、と息が切れる。  同時に後ろ手で閉めたドアを背にして、俺はそのままずるずると座り込んだ。  身体中が自分のものではない感覚。夢のような現実味のない出来事で、でもこれが間違いなく現実だ。 (なんでだよ)  あり得ない現実に置かれた身体と、その現実の中では決してあり得てはいけない気持ちを生んだ心。  息を吸って、吐いて、震える手を握りしめて、もう一つの約束を自分と交わす。  いつか、この気持ちを言葉にできる日を迎えにいきたい。  そのための今でありたい。  これでこの先の全てを諦めるなんて、そんなのは嫌だ。まだ高校生でしかない俺には、今はこれが唯一の手段。  けれどいつか、別の方法を。何を守って何を捨てて、その選択と実行ができるだけの力をつける。 (そうだ)  零がどう思っているのか分からないが俺は決めた。  必ずその日に、零と二人で会いに行く。  その日のための、その日までの、今日の約束だ。今まで通り普通で(・・・)いること。俺が嫌って、零は何とも思っていない、そういう関係でいること。 (大丈夫)  まだ温度を感じる気がする片手を握りしめて、俺は自分に言い聞かせた。  繋いだ手が暖かかった。  それだけで十分、やっていける。
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