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わずかに開けられた教室の窓から、ささやかな風が流れる。
(なんだよ)
頬をなでるそれに浮かび上がった場面に、俺は音を立てないように息を吐いた。授業中のため息はふさわしくない。
たとえ少しばかり空気が緩んだ授業だからといって、俺が気を抜いていい理由にはならない。
三年分の授業のほとんどは二年次までに終わっている。この一年間は大半が受験のために使われて、系列大学や実力よりも簡単なレベルの大学を決めている生徒にとっては、半分休憩時間のようなものだ。
問題文に目を通しながら、頭ではまだ半分、朝の光景を思い出していた。
零の後ろで開いていた窓。穏やかな風は零の髪をなでて、俺の目を見た零は、小さく笑った。
それは優しくて、綺麗な笑み。
(――気持ち悪い)
言葉に直して、心の中で繰り返す。
あいつは大概、整った笑顔を見せる。貼り付けたような、用意された顔。
嫌がらせのように――というか実際、当てつけであり、嫌がらせだろう。俺があんな態度を取っていることは気づいているだろうに、それでもにこにこと笑っている。
崩されることのない笑顔は仮面と同じで、裏側があるのだろうと思わずにはいられない。
しかもあいつは、俺がそう思っていることを分かった上でそうしているのだ。俺はあいつの全てを知らないが、それくらいは分かる。
それを知ってなお、あの笑顔を見せてくる。それが嫌がらせでなくてなんだと言うのだろう。
俺はあいつが嫌いだ。あいつも俺を嫌っている。
それなのに、たまにあの笑みを浮かべる。
何に向けられたものなのかは分からない。分かりたくもないから聞く気もない。
けれど心臓の底をざわりとなでられるように、鳩尾の上をさらりとこすられるように、どこか落ち着かない気分になる。
他の誰かを相手にしても感じないこれが気持ち悪い。言葉に直して吐き出すと、少しだけ息が楽になった。
(落ち着け)
当てはまる数式を見つけて組み合わせて問題を解いていく。埋まっていくノートに少しずつ平常を取り戻した頭で、俺は静かに深呼吸をした。
俺が大人になればいい。
あいつも相当ひねくれていると思わないでもないが、あんなところにずっといるのだから当然なのかもしれない。
たまの病院への外出を除けば、あいつの生活範囲はあの部屋だけ。
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