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振り仰いだ空は冬の白さが抜けて、水色が鮮やかだ。
(いい天気)
水平に戻した如雨露から垂れた水滴が、花を揺らして地面に落ちた。少しだけ滲んた汗を拭って息をつくと、光を反射したしずくがきらきら光る。
如雨露を定位置に戻して、僕はささやかなウッドデッキの上に腰かけた。
家の中の時計をのぞき見ると、十四時十二分。世那は今頃、何の授業を受けているだろうか。
今朝は世那が部屋に来なかった。朝早くに部屋を出た音だけが聞こえて、おそらくその時間がなかったのだと思う。少し残念だったけれど、部屋に来なかった分が世那にとって有意義な時間になったのならば、僕が気に留めるようなことではない。
それに最近一度だけ、世那がいつもとは違うタイミングで目を合わせてくれたことがあった。その時の嬉しさと差し引きしたらおつりがくる。
そうでなくとも今日は、ここに来ることができたのだ。
体温血圧エトセトラ。毎日測定して結果を病院へ送って、日によっては地下室で適度な運動を。それ以外は部屋の中で何をしていてもいい。あの部屋には生活できる全てのものが揃っている。
そして望めばたいていのものは届けられて、読書も勉強も好きなようにできる。それも楽しくはあるけれど、こうしてたまに出られる中庭が、世那のことを考える次に好きかもしれない。
口の字のような形の家の真ん中。三方を外壁に囲まれ、残り一面の一部だけにドアがある中庭。子どもの頃はここへ出ることも、一階へ踏み入ることすらなかった。
昼間の住宅街は静かだ。何かの拍子に出してしまった声を、誰かが聞かないとも限らない。とはいえここは住宅の間隔も狭くはないし、よほどの声をあげなければ近所に聞こえることはない。
念には念を、ということだったのだと思う。
僕が分別のつく――平均的にはそう思われる――年になったら、許可を取ればここへも出られるようになった。母さんの仕事が忙しくなって、中庭の手入れにまで時間をかけられなくなったのも一因だ。
でもあといくつ小さかったとして、僕がここで声をあげることなんてなかったのに。母さんはそのあたり、僕のことを分かっていない。
(いいんだけど)
僕がどれだけ世那を思っているか。それは誰も知らなくていい。きっと分からないだろう。だからこそのこの平和な日常なのだ。
風が吹いて、草花がしなやかに身を倒した。
もう西側では雲が灰色に染まっているかもしれない。朝の予報では夕方から天気が崩れると言っていたけれど、四角く抜かれた空の遠くは見えない。
(いつまで)
いつまで、もつだろうか。
思わずもれた息は、ウッドデッキを転がって地面に消えた。
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