20人が本棚に入れています
本棚に追加
世那に覚えていてほしい。
嫌いという感情でいいから、ほんの片隅、たまにでいい。僕がいなくなった時、世那が一人になった時。五年に一回、十年に一回でいいから思い出してくれるくらいには、僕の居場所を世那の中に作ってほしい。
そんな気持ちを持っていたから。今も、ずっと持っているから。
これはあってはいけないものだ。分かっていて、でもこれだけは捨てられない。
(ごめんね、世那)
だから本当は、この変化が完成するのがもう少しあとであればいいと思う。
早く嫌ってほしいと思いながら、世那のその気持ちがまだ完成してほしくもない。あからさまな矛盾を持って、けれどそれすらも心地いいのだと感じてしまうのだから、僕はかなりおかしいのだと思う。
世那と関わっていられるのなら、僕はたぶん、何だっていいのだ。
一等強い風が吹く。
煽られた髪を反射的に押さえて、僕はサンダルから足を抜いた。批判してくるようなタイミングに、分かってるよと心の中で返事をする。
このままここにいたら風邪を引くかもしれない。喉の痛みも、寒気もあってはいけない。この感情だって、また。
だから誰にも言っていないんだよ。
だから知られることもない。僕の存在と同じで、出さなければないのと同じ。外の世界に僕はいない。
ガラス戸を開けて、僕は家の中に身をすべり込ませた。
誰もいない家はしんとして冷たい。
(良かった)
やっぱり、世那が世那で良かった。
この冷たさを、世那は生涯知らなくていい。
最初のコメントを投稿しよう!