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 世那に覚えていてほしい。  嫌いという感情でいいから、ほんの片隅、たまにでいい。僕がいなくなった時、世那が一人に(・・・)なった時。五年に一回、十年に一回でいいから思い出してくれるくらいには、僕の居場所を世那の中に作ってほしい。  そんな気持ちを持っていたから。今も、ずっと持っているから。  これはあってはいけないものだ。分かっていて、でもこれだけは捨てられない。 (ごめんね、世那)  だから本当は、この変化が完成するのがもう少しあとであればいいと思う。  早く嫌ってほしいと思いながら、世那のその気持ちがまだ完成してほしくもない。あからさまな矛盾を持って、けれどそれすらも心地いいのだと感じてしまうのだから、僕はかなりおかしいのだと思う。  世那と関わっていられるのなら、僕はたぶん、何だっていいのだ。  一等強い風が吹く。  煽られた髪を反射的に押さえて、僕はサンダルから足を抜いた。批判してくるようなタイミングに、分かってるよと心の中で返事をする。  このままここにいたら風邪を引くかもしれない。喉の痛みも、寒気もあってはいけない。この感情だって、また。  だから誰にも言っていないんだよ。  だから知られることもない。僕の存在と同じで、出さなければないのと同じ。外の世界に僕はいない。  ガラス戸を開けて、僕は家の中に身をすべり込ませた。  誰もいない家はしんとして冷たい。 (良かった)  やっぱり、世那が世那で良かった。  この冷たさを、世那は生涯知らなくていい。
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