Chapter8. 『過去と未来』

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(……よし、まずは頭は昏倒させた) とりあえず場に混乱を生むため、手始めに数人に攻撃を仕掛け、隙を突いてこの集団の頭と思しき人物の意識は奪った。 残りの男たちの処遇は、彼らの反応次第だ。 この様子ならば命まで奪う必要はなさそうだが、油断は禁物だ。 得物を持つ男たちとは裏腹に、ディアナは丸腰のまま集団の中で暴れ回る。 武器は、単に遠距離からでも攻撃できるようにするための、補助の道具でしかない。 獣人の何よりもの凶器は、己の肉体そのものだ。 既に動揺している彼らに、拳や蹴りを見舞う。 この場から逃げ出そうとする輩は、すぐさまフォルスから生み出した拳銃で撃つ。 とはいえ、急所は外しているから、死んではいない。 そのため、中には這ってでも逃げ出そうとする人間がちらほらと見当たり、発見したらあと二、三発弾丸を撃ち込む作業を繰り返している。 (……こんなことで、よくヴァルの命を狙おうとしたな……) てっきりもっと刃向かってくるものだと想定していたから、やや拍子抜けしてしまう。 だが、相手を殺さずに済むなら、それに越したことはない。 とりあえず、脱走する意思を剥奪するためにも、負傷した男たちの両手足をあらかじめ用意しておいた荒縄で縛り上げ、動きを封じ込める。 縄脱けをされたら、もう一度攻撃を仕掛ければ済む話だ。 手早く縛り上げるや否や、道の脇へと追いやっておいた、失神している頭へと足を向ける。 つかつかと歩み寄り、フォルスで剣を創り上げると、鞘に収めた状態で彼の横っ面を容赦なく叩く。 「――さっさと目を覚まして」 何度か衝撃を与えているうちに、ようやく意識が覚醒したらしく、うっすらと目が開かれる。 すると、途端に起き上がりそうになったので、素早く男の胸を右足で踏みつけ、鞘の先端を彼の顎先に突きつける。 「動かないで、私の質問に答えて。――貴方たちに、ノヴェロ王を殺すように指示した人物の名前を教えて。今すぐに」 眦(まなじり)に力を込め、男を冷淡に見据える。 しかし、彼は唇をわななかせるだけで声を発しようとしない。 その態度に、微かに眉間に皺を寄せる。 (……本当に、この人はヴァルを殺そうとしたの? それにしては、度胸がなさ過ぎる……) もしかして、女に追い詰められているという状況に慄(おのの)いているのだろうか。 確かに、十五人もの大の男を一人で壊滅させる女は、そうそういないだろう。 ディアナの存在は、彼らにとって全くの計算外だったのか。 このまま尋問を続けても口を割りそうにない様子に、そっと溜息を吐く。 何が何でも依頼主の名を出すまいと意地を張っているならともかく、恐怖から声が出ないなど、あまりにも意気地がない。 これなら、さっさと騎士団に引き渡した方が得策だ。 呆気ない捕り物だったが、大事にならなくてよかったと胸を撫で下ろした、その時。 前方と後方、両方から多くの人の気配が押し寄せてくるのを感じ取った。 (……増援?) 男を踏みつけたまま、不可解な事態に首を捻る。 どうして、この場に増援が送られてくるのか。 そんなことをしている暇があるならば、男たちが昨夜話していた通路とやらに向かい、一刻も早く城に潜入し、ヴァルの寝首を掻くべきではないのか。 少なくとも、ディアナがこちらに向かってくる者たちと同じ立場で、ヴァルの暗殺を依頼された場合はそうする。 そもそも、何故ディアナを挟み打ちする形で迫ってきているのか。 (――まさか……) 予想だにしていなかった考えが脳裏に閃き、即座に荒縄を取り出すと、眼下の男を急いで縛り上げ、道の脇に乱暴に転がす。 (……本当の狙いは、私……?) ディアナがこの場で応戦した者たちは、おそらく本気でヴァルに狙いを定めていたのだろう。 曲がりなりにも、彼らの殺気は本物だった。 でも、この男たちにすら知らせず、偽りの目的を与えてここに集まらせ、ディアナを誘き寄せることこそが、本当の目的だったとするならば。 大した戦力になっていない彼らが選ばれた理由が、ようやく見えてきた。 この男たちは、別にそれほど戦えなくても構わない。 真の目的を成し遂げようとする輩たちがやって来るまで、ディアナをこの場に踏み止まらせればいいだけなのだから。 そう考えると、現状に説明がつく。 とにかく、いつまでもここに立ち尽くしていたら、本気で挟み打ちにされてしまう。 勢いをつけて跳び上がり、建物の屋根の上に着地する。 どちらの敵とも鉢合わせにならない方向へと、走り抜けていく。 屋根を逃走経路にしたら、地上を逃げ回っている時よりも、早く見つかってしまうだろうか。 だが、下に降りたところで、人海戦術に出てしまえば、瞬く間に発見されてしまうだろう。 最悪の場合、退路を塞がれてしまう可能性もある。 それに、ここのところずっとヴァルと共に過ごし、先刻は人間と対峙していたからこそ分かる。 肌で感じている、こちらに迫りくる気配は全て、人間のものだ。 人間ならば、屋根から屋根へと飛び移って追跡することは、さすがに不可能だろう。 それにしても、どうして一度にこんなにも多くの人間が、ノヴェロ国にもぐり込めているのか。 結界は正常なのに、この事態はあまりにも異常だ。 謎がさらに増え、頭の中が混乱してしまいそうだ。 しかし、今は思考に囚われて足元を掬われている場合ではない。 逃げることに、専念しなければならない。 走る速度を上げ、敵を撹乱させるために、あちこちへと飛び回る。 敵は、ディアナの姿を捉えているのだろうか。 ひたすら駆け回っているうちに、唐突に何故自分が狙われているのかと、疑念が湧く。 でも、すぐに仄暗い記憶がその疑問を捩じ伏せる。 (……私を殺したいと思っている人間なんて、山ほどいる) むしろ、命を狙われる心当たりがあり過ぎて、犯人を特定できない。 少なくとも、件の依頼主はこの間のバスカヴィル国で開催された、舞踏会に参加した王族や貴族の誰かなのだろう。 身分の高い者からも、恨みを買われている可能性は充分過ぎるほどにある。 その結果、この事態を招いたのだと言われても、納得する他ない。 それだけのことを自分はしたのだと、きつく唇を噛み締める。 突然、どこからか怒声が飛んできた。 これは、ディアナを発見した合図なのか、それともまだ見当たらないから探し出せという叫びなのか。 ぐるぐると疑問と感情が渦巻く中、がむしゃらに足を動かし続けた。
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