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はじまりの朝
朝の空気の冷たさで目が覚めた。澄んだ空気に漂う僕の吐き出した息は白く、宙で広がって消えていった。窓を見ると、水滴が月の光で反射して、水晶のように輝き僕を包み込んでいく。目の前に広がってゆく世界は、夢のように美しい。
さっきまで見ていた夢も、今僕の目の前に広がる景色のように綺麗だが、全く違うものだ。僕の夢はこの世のものとは思えない程、酷く美しく、僕を苦しめるだけの、どうしようもない悪夢である。あの時から、もう嫌と言う程何度も見ている。忘れたくても忘れられない、もがいてもどうにもならない。最後には己の醜い思いばかり引き出して放置されて、そのまま身体に残ってしまう………。これはそんな残酷なものだ。
それでも、夢とは似ているのに全く違う、この現実であるけれど幻想的な風景に見とれてしまう。なんとなく心を捕まれて、このまま何も考えずに、この時間が続いて欲しい……。そうしたらきっと、僕は忘れられる………。辛いことも悲しいことも全て僕の中から消えていく………。
一生こんな世界で過ごせたら幸せだろうな……。そんな感情が表に出てきて逃がしてくれない。
まだぬくもりの残っている布団から出られないまま、なんとなくカレンダーを見上げた。
―2017年 1月26日―
そうか。
1月ももう数える程度で終わってしまうのか。
過ぎ行くものが早いと感じてしまうが、これは仕方がないのかもしれない。
毎年この時期は忙しい。僕自身、今まで全く余裕がなかった。会社にとって滅多にない、絶好の繁忙期である年末年始。
だから夜まで仕事、終電で帰宅、数時間家で仮眠、そして始発でまた出勤と言うのは当たり前。それも毎年のことだからもう慣れたが、家と会社を往復する時間の無駄さに、社内に泊まらせて欲しいと何度も思った。
しかし、会社の規則で23時以降の滞在は原則として認めないらしい。なんとも面倒な決まりだ。
だから、たとえ時間がかかったとしても家に帰らなければならない。
そんな出勤と帰宅を含めたハードワークを、去年の12月中旬から今までこなしていたのだ。自分でも偉いと思う。
流石に疲れるが、別に嫌いな訳ではないし、強制的に仕事をやらされている訳でもない。
自分の仕事量事態は決まっているのだから、余計なことは必要ない。黙々と与えられたものをこなし、なるべく早く片付けて、終わったらのんびり過ごしたかった、それだけだ。他の無駄な感情なんていらない。面倒なことをいつまでもとっておいても、結局何も変わる事はない。仕事なんて、迷惑をかけなければそれでいいし、他の感情なんて邪魔なものになる。早く終わらして、誰とも喋らずに1人になりたい、僕はそう考えながらいつも仕事をしている。
正月も休みはなく、いつも以上に働いていたからか、新年を迎えたと言う感覚はあまりなかった。毎日家と会社の往復で一日を終えていた。
日々の疲れで、正直周りを気にしている暇などなかった。それに周りなんてどうでもいい。
僕には関係のないことだ。
別に親とか親戚に会ったところで話すこともないし、いつも通り口うるさく結婚はまだか?いい人はいないのか?もう忘れて先へ進んだらどうか?と言われるだけだ。自分でも分かっている。10年も経っているのに先へ進めないこと。忘れられないんだ。失ったものの存在が大きかった僕は、もう幸せにはなれない。僕だけ幸せになっても意味はない。だから淡々と、何もない毎日をこなすだけ。
結局、そんな風に過ごしていたら、慌ただしい生活は先週終わりを告げてた。なんだかんだあっという間だった気もする。
繁忙期は中旬くらいまでだが、売れ筋や集計結果の事後処理をしていた。だから、1月があと数える程しかないと言う事を、さっき初めて知り、意識し、実感したのだ。
そう言えば、地元の神社にもお参りに行けていない。新年を迎えたと言うのに無礼だろうか?
でも忙しかったんだ。それに僕の一番の願いを聞き入れてくれなかった神様だ。
きっと仕方がないと言って分かってくれるだろう。だけど、今週末にはしっかりお参りに行くか。去年のお礼が遅くなったことの謝罪もかねて、今年のあいさつをして来よう。
今までの生活を振り返りながら、しみじみと時計を見てみる。短い針は『4』を、長い針は『11』を指していた。
……早い。
僕はいつもは6時に起きるし、早起きはしない。
なるべく寝て体力を温存しておきたいと考えているし、寝ているときは辛いことも悲しい過去も無駄なことを何も考える必要がないから。
「早すぎる……」
そう呟き、また白い息が宙に舞っていった。
二度寝しようかとも思ったが、休日に寝溜めしたからそこまで眠くもない。
寧ろあんな悪夢を見ていたのに清々しいくらいだ。こんなにすばらしい朝を迎えられるのは、久しぶりだ。何年ぶりだろうか?
それなのにこのまま何もせずに、ごろごろしたり、テレビを観たり、スマホをいじったり、そんないつでも出来るようなことをして時間を潰していくのはなんだか勿体ないような気がした。
もっと今を有意義に使える方法があるはずだ。
いつもは出来ないこと………。
今日は平日。普通に出勤日だ。
だから何年ぶりかの素晴らしい早朝に、少しでいいから非日常を味わってみたい、そう思ったのだ。時間をどうやって過ごすか散々悩んだ結果、早く起きることのない僕は、この街の朝焼けを見に行くことにした。
夕焼けは何度も見たことがあるが、朝焼けは見たことが一度もない。きっと夕焼けと似ているだろう。美しいことには変わりがないとは思う。以前から見てみたかったが、いつも忘れてしまう。
そんな非日常だからこそ、興味が湧いたのだ。
ー最初はそんな単純な考えだったー
そして、この時は想像もしていなかった。
そんなことが自分の身に起こるなんて思うわけもないだろう。
現実と非現実の曖昧で混沌とした世界の境目の中
―『君』が僕の前に現れることを―
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