94人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女との出会い
彼女がいる。
"あの時 "と同じ姿をした、10年前と変わらない姿の彼女がいる。
なんで……。
そんな訳がないんだ。
僕はこの目で、彼女の最後をしっかりと見届けた。おかしい。ありえない。
けれど、全部僕が否定をする。見間違えるはずがないのだと。一番近くにいた僕が彼女のことを見間違える訳がない。今でも彼女のことはしっかりと目に焼き付いている。
そして、10年もの間恋い焦がれてきた彼女だ。
しかし、まだ信じることが出来ない。
何も知らなかったとは言え、力になることも、守ることも出来なかった。彼女は10年前確かに僕の前から消えた。
消えてしまったのだ……。
もう一度顔を上げてよく見てみる。変わらずにそこに居るのは、紛れもない彼女だ。なんでだ。
『幻を見ているのか?僕は今どこにいるんだ?』
起きていることに混乱していく。
そうか、僕は心だけでなく頭もおかしくなってしまったのか……。目の前には、"最初で最後のデート"をした時と全く同じ姿をした彼女がこちらを見ながら立っている……。
僕と彼女が出会ったのは、高校の入学式だった。僕は地元の高校には進学せず、親から薦められた高校に進学した。
先生とも何度も話し合って、決めた道だった。
家からは到底通うことが出来ない所にあるから、先生は凄く反対してきたけど、最後には応援してくれるようになった。
その後、親戚の叔父さんが、経営しているアパートに住むことを快く承諾してくれて、そこから高校まで通うことになった。
叔父さんは本当に心優しくて、ご飯も一緒に食べていいよと言ってくれたり、1人暮らしと言ってもアパートの部屋はほとんど寝るだけで、身の回りの家事なども全部やってくれる。感謝してもしきれない程だった。
入学式の日、道に迷ったとしても時間的に余裕を持って学校に着けるように早めにアパートを出た。学校に向かうために、住宅街を抜けて大通りにある交差点の信号で止まっていた。
すると、目の前に重そうな荷物を持って大変そうに歩いているおばあさんがいた。
何かの拍子によろけでもしたら、事故になりかねないし心配だ。
時間を確認してから、
「すみません、お荷物重そうなので僕が行き先まで運びます」
と声をかけ、その人の家まで荷物を運ぶことになった。優しく
「あらまぁ。ありがとうね。」
と微笑んで、荷物を僕に預けてくれた。
荷物を持ってみると以外にも重くて、どこから運んできたのか分からないが、そんな力が何処から湧いてきたのか、有り余っているように見える体力にも驚いてしまった。人は見かけによらぬとはこのことだろう。
おばあさんと春の暖かな光を浴びながらのんびりと歩く。とてつもなく平和だ。空からはひばりの美しい鳴き声が聞こえ、すぐ横には桜並木があり、春らしさが一段と増す。知り合いではないけれど、会話が楽しいと思える。のんびりお話をしながら家を目指す。
「坊やは今日入学式かね?」
「はい。この近くにある高校に通うことになって。2日前に引っ越してきたんです。」
「そうかい。まだこの場所にも慣れてないのに手伝って貰ってなんだか悪いねぇ。」
「いえ、そんなことないです。僕から声をかけましたし、こんなに綺麗な桜も見れたので、気にしないで大丈夫ですよ。」
「本当にありがとうね、孫も同じ高校に通うことになってね、坊やみたいな優しい人がいてくれて安心したよ。」
「お孫さんも同じ高校なんですね!」
「あぁ。家に着いたよ。おかげで楽しい時間が過ごせたよ。」
「いえ、こちらこそ、お話しできて楽しかったです。」
「本当にありがとうね、ちょっと待っててくれるかい?」
するとおばあさんは家の中に入っていき、数分待っていると、お菓子を入れた袋を手に家から出て来た。
「これ、ちょっとしたお礼に受け取っておくれ。入学祝も込めてってことで。」
と言って僕にその袋を渡してくれた。
「ありがとうございます。こんなに沢山貰っちゃって、かえってすみません。」
「いいのいいの、またいつでも遊びにおいで。」
「はい!ありがとうございます。」
つい嬉しくなり、僕もお礼を言って、おばあさんが家に入ったのを見届けてから再び学校を目指そうとする。
そして、周りを見てから気がついた。
知らない場所へ来てしまったということに…。
道中は特に何も気にしていなかった。
帰りの事まで考えてなかった。どうしよう、やってしまった。動けずに固まっていると後ろから声をかけられた。
「先ほどは祖母を助けて下さりありがとうございました。」
驚いて振り向くとそこには凛としていて、雪のように儚く綺麗な人が立っていた。
思わず見とれていると、
「あの、大丈夫ですか?」
不思議な顔をして聞かれた。慌てて
「はい、大丈夫です」
と答えると声が裏返ってしまった。彼女は笑いながら
「同じ学校の制服を着ているので、行き先は同じですね。もしよかったら一緒に学校まで行きませんか?」
と言ってくれた。
よく見ると彼女も同じ高校の制服を着ていた。
そしてなによりも、僕にはとてつもなくありがたい言葉だった。
「ありがとうございます。道に迷ってしまったみたいで…。よろしくお願いします。」
彼女は優しく笑い、歩き始めた。
おばあさんと来た道を孫である彼女と歩くと言うのは、ちょっぴり不思議な気分になる。
好きな音楽やテレビ番組、趣味など、そんな何でもない話をした。話し方も優しくて、何処と無くおばあさんに似ている気がした。
そしてやっぱり平和だなと感じる。
30分歩くとようやく学校に着いた。
僕は彼女にお礼を言い、職員室に行くためにその場を離れる。
本当にいい人だったなと思いながら次の目的地へ向かった。
入学式を終え、クラス発表があった。そのまま教室に行く。すると、隣の席には今朝お世話になった彼女がいた。彼女も僕に気づいたようで、少し驚いた顔をする。僕は
「今朝はありがとうございました。大人っぽくて先輩だと思っていましたが、同い年だったんですね。」
と言い笑う。
「私もびっくりしました。」
「それにまさか、僕たち同じクラスで席も隣ってすごい偶然ですね。」
「はい。これからもよろしくお願いします。」
微笑んだ顔を見つめながら、本当に素直でいい人だと改めて思うのだった。
最初のコメントを投稿しよう!