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放課後
「今からこの食堂行かね?タダで焼肉定食が食えるらしいぜ」
5限の終わりを知らせるチャイムが鳴り止むと、隣で講義を受けていた三浦がスマートフォンの画面を僕の目の前に突き出してきた。
「講義中ずっとスマホいじってると思ったら、そんなこと調べてたのか」
僕は呆れつつその画面に目のピントを合わせる。
すると、一面黄色のチカチカする背景に大きな黒字で、
「本日開店『優しさ食堂』! 激安焼肉定食!」
と書かれた広告が飛び込んできた。
「激安とは書いてあるけど、タダで食えるなんて書いてないだろ」
「ちっちっち、右下をよく見てみろ」
三浦はスマホを机に置き直し、こちらにスライドさせる。
僕が画面の右下を二本指で広げるようにしてズームすると
「『優しさ食堂』は、貧乏な方からお金を取りません。」
という、小さいながらも下線で強調された文言が目に入った。
三浦の魂胆を理解した僕が顔を上げると、
どうだ、と言い出さんばかりの自信満々の顔つきで三浦が待ち構えている。
ため息をつき一言文句を言おうと口を開きかけると、三浦は僕を制して言った。
「お前の言いたいことはわかる。だがこの食堂の優しさを断る程俺は野暮じゃない」
そして僕がまだ納得いかない表情をしているのを見て、言葉を続けた。
「この食堂の名前、『優しさ食堂』だぜ。無料で食事を提供することに喜びを感じる店主なんだ。そして実際今週の俺は金が無い」
「それは三浦の金遣いが荒いからだろ。実家暮らしでバイトもせず親の金で大学に通ってるやつを貧乏人とは言わないと思うぞ」
「いいじゃねえか、そんなこと。店主にはわかりゃしねえよ」
呆れて言葉が出ない僕を見ると、三浦は少し拗ねた口調になり、
「そんなに言うならお前は金を払って食えばいいさ。俺はタダで食うから」
と、スマホを乱暴に掴んでポケットに入れ、ほら行くぞ、と教室のドアの方にずんずん歩いていった。
まあ仕方ないか、いつものことだ。
何をするにしても三浦には道徳心というものが欠けている。
お土産屋に寄れば何も買わずに試食だけを楽しみ、神社のおみくじでは凶が出たからといって金を払わない。三浦のモラルに期待する方が時間のムダなのだ。僕は、店に文句を言われたら三浦の分まで払うことにしよう、と悲壮な決意を固め、自分を奮い立たせるため足にぐっと力をこめて立ち上がった。
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