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──ふうっ。
心の声とため息が交じった"音なき音"で、林城あやめは正気に戻った。
(ヤバっ、少しトんでた)
片膝をつきながら頭を振る。意識を保たなきゃ。
目の前にはあたしの視線に合わせた高さのテーブル。その上にイチゴのショートケーキが置かれていた。
睨むように見つめる。ケーキは嫌いじゃないの。むしろ大好きなの。
手を伸ばせば届く位置。ご丁寧にフォークとスプーンが置かれている。
毒が入っていないこと、口にすれば頭のてっぺんから足のつま先まで至福に包まれることも知っている。
だけど。
伸ばしかけた手を理性で押さえる。
ダメ。このケーキを食べてしまったら、あたしの『負け』だから。
15分が経過しスマホのアラームが鳴った。
部屋奥のドアに向かって進む。ケーキに未練はあるけれど振り向かない。
ドアの前にスーツを着た初老の男が立っていた。
「見てたでしょ? ケーキには一切触れていないわ」
「……」
男は小さく礼をした。
あやめは大きく深呼吸の後、扉を抜けて次の部屋に入る。さて──次なる試練は。
「……っ‼」
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