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さっきの女の子が、様子を見に戻ってきた。
「ギャー!」と悲鳴を上げてまた、厨房の奥に走り去った。
俺はチュッパから体を離し、立ち上がった。
「見られた。いろいろ、まずくなったらごめん。とにかく、メシと飲み物持ってきてくれ」
俺は体を丸め視点の定まらないチュッパに、そういうと裏口のドアをあけ、濡れるのもかまわず小走りで家に戻った。
帰って服を脱ぐ。室内を斜めに横切っているビニールの紐に全部服を引っ掛けた。この天気じゃ当分乾かないだろう。問題はない。どこに行く予定もない。
雑巾のように使い込まれて変色し黒ずんでボロボロになったタオルで、一応体を拭く。風邪をひいても、病院にも行けないし、薬も買えない。下級市民には病気になる権利もない。
ベッドに裸のまま横になり、ラジオを聴いていた。昔のロックが流れる。外国語の曲だ。ハードだが繰り返しが多く耳馴染みがいい。
『ビーッ』下級市民用アパートについてる防犯用のブザーがなった。誰か予定のない人物がこの建物の入った時になるブザーだ。
下級市民のアパートにはほとんど盗るものがないので、窃盗はおこらない。だが政府は常に体裁を求め、設計者はそれに応える。だから無意味な防犯ブザーがある。
下級市民たちはそのしょっちゅうなるブザーに嫌気がさしているが、慣れてしまったのか、誰かに言ったところで無視されるのがわかっているので、いまだに無意味になり続けている。
足音が俺の部屋の前で止まった。俺は玄関へと急ぐ。
「ジジ、開けて、早く!」
チュッパが焦っている。俺も素早くドアを開け彼女を部屋に入れた。
今度はチュッパが俺を押し倒し、玄関で俺の唇をうばう。俺は少し焦らしながら、チュッパのキスに応えてやる。
両手でチュッパの顔を持ち、キスをやめさせた。
「うーん、まだ。もうちょっと」
彼女はしきりに顔をふり甘えた声を出す。
「普通市民は、下級市民と接触はおろか私語さえできなかったはずだけど」
俺は冷めたく、おおいかぶさっているチュッパを払い除けた。
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