Whole Lotta Love

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 「お店の子にも見られたし、ここに来たことも、いずれバレるのよ。それでも私、あなたの…欲しくて…」  雨で濡れたのだろうか?チュッパの髪がベットリと頭皮に張り付いていることに今気づいた。普通市民ともあろうお人が、こんな下級市民のねぐらにキスを求めてやってくるなんて。 「キスだけなら、俺じゃなくてもいいだろう。普通市民同士でキスし合ったら」  チュッパはポケットから電子タバコを取り出し、なにがしかの煙なのか、薬品なのかを吸った。胸を大きく膨らませハーッと息を大きく吐いた。 「ニュース聞いてないの?自由恋愛禁止法。今日決まったのよ」 「さっきもなんかそんなこと言ってたな」  お上の考えることはロクでもない。俺みたいなバカでも、それぐらいは理解できる。 「自由にキスしたりセックスできるのは、本当に限られた上級市民の中のそのまた上の方だけ。上級市民でさえキスもセックスも許可制なのよ。普通市民ごときじゃもう、異性のもしくは同性でもいいけど、好きな人に触ることもできない。ああ、もう!」  チュッパはまたイラついて、爪を噛み始めた。 「だから言ったろ。普通市民だなんて、クソだって。名前は普通だけどさ、中身は奴隷と大差ない。ただ、メシと飲み物にありつけるだけさ」  そう言って俺はチュッパの差し入れのチューハイグレープフルーツの残りを全部飲んだ。 「差し入れありがとな。もう帰っていいよ」俺はチュッパの腕をとり、ベットから立たせようとした。チュッパは腰を浮かせようとしない。 「キスしてるの、私だけじゃないんでしょ?他に何人にも、キスだけ女がいるんでしょ。そのメス犬たちにまた、たかるんでしょ。どうして、どうして、どうして…」  うるさいババアだ。キスの一つや二つでガタガタいいやがって、欲求不満って言葉を知らないのかね。あそこの穴を縫ったりするから、あっちもこっちも敏感になるんじゃねぇ。 「俺が誰とキスしようが、セックスしようが俺の勝手だ。俺はなもなき下級市民だ。いつのたれ死んでもおかしくないし、誰も俺のことなんて気にしてない。最近は下級市民でも穴のないやつや根性のないやつも多いが」  最近は普通市民からのペナルティ降格者が多くなった。これも時代なのかね。まったくお上は、何やってんだか。  「俺たちが子供の頃はまだ、愛だの恋だのそんなロマンチックな考え方が、少しは残っていた。人々が互いに譲り合い、思い合い、愛し合う。異性も同性も友達も、隣人も遠くの名も知らないラジオの向こうの人々でさえ、仲良くなることができた。今は違う。誰かを好きになるなんて、バカのやることだ。人を愛するなんて危険極まりない。上見て下見て、右見て左見て、誰もいない、監視カメラもない、盗聴器もない、そこまでして最大限の注意を払って、異性と話する」 「だって知らない人は怖いじゃない…何されるかわからないし」 「誰だって最初は見知らぬ人同士だ。おれとお前は中学校で初めて出会った」 「あんた、クラスで浮いてたけど、なんかカッコ良かったんだよね。とんがっててさ」  いろんな意味でういているのは、今でも変わらない。
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