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Immigrant Song
「ヨーヨー、ジージ。なんかねえか?」
下級市民用アパートの玄関の階段にシーチャが座っていた。ゴミ袋の中にゴミ置き場からパクってきたような薄汚れたペットボトルを隠し持ち、中には透明な液体がユラユラとゆれていた。
「何かってなんだ?それに俺はジージじゃねえ、ジジだ」
「そう言ってるだろう、ジージ、ええ。ええ、ええ。ヨーヨー」
だいぶいってんな。こいつ。
「なに飲んでんだ。シーチャ?」
「みーずだ。ジージ。俺たちは水しかもめねえ」
「水じゃねえだろ、ちょっと貸せ」俺はシーチャからゴミ袋ごと奪い取り、ペットボトルの匂いを嗅いだ。
「ウッ、なんじゃこりゃ。クセェ!」
あさっての方向を見ながらシーチャは、階段に座ったまま両手をでたらめにうごかし、ゴミ袋を取り返そうとしていた。
「どっかの工業用アルコールか何か?」
「どーかの、みーずだ。ジージ。返せよ。ヨーヨー」
「水にしちゃあ、ご機嫌じゃんか。ええ?どこからパクってきた。こんなもん飲んでたら今日明日にでも死ぬぞ」
「みーずじゃあ、死なねえ。俺は死なねえ」
シーチャはそう言ってよだれを垂らした。俺はとっさに後ずさり、よだれを避けた。その拍子に謎の液体が少しこぼれた。
「なにすんだ。ジージ…」
シーチャは立ち上がろうと、足を踏み出したがふんばりが効かず、ヨロヨロと足をもつれさして、こけてしまった。
なんとも情けねえ、ザマだ。シーチャ。
俺はペットボトルを出して中身を全部ぶちまけてやった。階段のコンクリートに染みが広がっていく。
「ああ…みーず…」
シーチャが転んだまま、逆さになったペットボトルを見つめ続ける。目が白く濁っている。
「死に急ぐ必要はない。シーチャ。俺たちには、未来はないかもしれねえが、明日にたどりつにはちょっとの我慢だけですむんだ。シーチャ。ほんのちょっとだ」
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