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中納言 石上麻呂
次にやってきたのは、中納言の石上麻呂さま。お父さんと同世代のおじさん。
「麗しのかぐや姫。
どうか、私の妻になってください。
私はどの妻よりも姫を第一に思い、
慈しむことをお約束致します」
ん? どの妻より?
ってどういうこと?
そうか!
この時代は一夫多妻制なんだ。
源氏物語よりも前の時代だもんね。
じゃあ、何?
今まであれこれ言ってきた左大臣さまとか右大臣さまとかにも奥さんがいるってこと?
……ま、普通に考えれば、死別してない限り、いるよね。
あんなおじさんになるまで、お金と権力がある人が、独身のわけないもんね。
そっか、だからあんな年でも私なんかのところへ来たのね。私を妻にしたいって、『何十番目かの妻に』ってことなのね。まぁ、もともと受ける気なんてさらさらなかったけど、まともに取り合わなくて良かった。
私は、一人でぶつぶつと独り言を呟きながら、中納言さまの話を聞き流す。
「姫、私にも他の方々のように何かお望みを
お教えください。
姫のためなら、なんでも持って参ります」
「……なんでもって言われてもねぇ。
味噌も醤油もないし、食べたいものを
言っても無理だしなぁ」
私はひとり呟く。
「ああ、貝ならそのまま焼くだけでも十分、
美味しいわよね」
「貝? そのような普通のもので
良いのですか?」
中納言が何か聞き返して来たが、そもそも彼の話を聞く気すらない。
「燕の巣って言っても絶対無理でしょ?
あれって、岸壁に掛けられた特別な燕の巣
らしいもんね」
「燕の……巣?
まさか燕の子安貝を取って参れと?」
「そうねぇ……」
もう別に頼むこともないしなぁ。
「かしこまりました。
この石上麻呂命に替えても必ず
姫のために探し出して持って参ります」
気付けば、中納言さまが立ち上がっている。
あら? もう満足されたのかしら?
良かった。変に粘られなくて。
私は、立ち去る中納言さまをホッとした思いでみおくっていた。
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