藤原不比等

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 私が弾き終えると、不比等さんも笛を置いて、微笑んだ。 「楽しゅうございました。  これは、父の形見でございまして……」 父って、中臣鎌足!? 「仕事バカだった父の、生前の唯一の趣味で  ございました。  天智天皇に心酔し、共にこの国を改革し、  この大和を豊かなものにするための様々な  方策の多くを、この笛を奏でながら考えて  おりました」 「そう……だったのですね」 素敵! 音楽で心落ち着けて、日本の未来を考える政治家かぁ。 「私は、この間のかぐや姫の琴を聴いてから、  姫と共に音楽を奏で、心穏やかに過ごせれば  と願って止みません。どうか、私の妻に  なっていただけませんか?」 私には正輝さんしかいない。 いないけど、今までみたいに簡単に断るのは申し訳ない気もする。 どうしよう。 どうやって断ればいい? 「姫は、琴の他にもお好きなものは  ございますか?」 好きなもの…… 「(そう)(こと)……」 「そうの事……?」 「はるか海の彼方の国に、あるんです。  (そう)というものが。この国には  ないので、寂しい思いをしております」 (きん)(こと)も好きだけど、やっぱり、長年使い慣れた箏の琴の方が愛着もあるし、弾けるものなら弾きたいと思う。 「それはどのような……」 「(どう)は木なんですが、(きん)と似ています。  その上に象牙……えっと、高価な白い()が  乗っていて、弦は(きん)とは違い、  13本張ってます」 「……銅が木で、それでいて金のようで、  高価な白い実がなっている……  13本張っている……根?  13本の根は金とは違う?  金ではないなら銀……?」 不比等さんは、ひとりぶつぶつと口の中で私からのリクエストを反芻(はんすう)している。 「海の向こう……  東海の向こうの蓬莱の玉の枝のことか……  姫、なんとしても手に入れて参りますので、  しばしお待ちくださりませ」 不比等さんはそう言うと、笛をしまって帰っていった。 蓬莱の玉の枝ってなんだろう? 人に言葉だけで伝えるって難しいなぁ。 ちょっと前までは、スマホでググって写真を見せればすぐに伝えられたのに。 今だって、蓬莱の玉の枝ってググれるものなら、ググって調べたい。 絶対、無理だけど。
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