仏の御石の鉢

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仏の御石の鉢

 それから数ヶ月が経ち、左大臣の丹比真人島さまが仏の御石の鉢を見つけたとやってきた。 ほんとに? まぁ、乳鉢なんて、そんなに珍しいものでもないし、日本にもよく似たものがあったのかもしれない。 ただ、胡椒より先に届いても意味がないんだけど。 「姫、ご覧くだされ!  これが、仏の御石の鉢でございます」 左大臣さまが、大事そうに差し出したのは、とても豪華そうな布の包み。 私は、御簾の下から差し入れられたそれを、そっと開いてみる。 何これ!? なんだか(すす)けて汚れた汚い鉢。 こんな汚い鉢で胡椒を引くなんてあり得ない。 「これ、どうなさったんですか?」 「よくぞ、聞いてくだされた。  わし自ら天竺(てんじく)に赴き、探し回り、  ようやく見つけて参りました」 そんなわけないじゃない。 「どうやって? あら?」 きったない鉢の中に、何やら手紙らしきものが入ってる。 あんまり触りたくないけど…… 私はそっとつまみ上げて、開いてみた。 ……読めない。 だって、筆で行書で書かれてる上に、万葉仮名だし。 全部当て字の漢字なんて、読めるわけがない。 「ごめんなさい。  私、書が読めなくて……  読んでいただけます?」 私は、御簾の下からその手紙を差し出す。 「もちろんでございますとも」 左大臣さまは、揚々とその手紙を読み上げた。 「海山の 道に心を つくしはて  ないしのはちの 涙ながれき」 ここを出発してから海山の道の苦しさに、心を尽くし果てて、いつ終わるか果てのない旅だったので、石の鉢を取るために血の涙を流しました。 絶対、嘘。 今だって、でっぷりと太って至って健康そう。 チベットからヒマラヤを越えてインドまで行ったら、絶対もっと痩せてるはずじゃない。 「ところで、私がお願いした乳鉢は、もっと  白っぽくて、艶があるんですが、これは  何ですか?」 私が尋ねると、左大臣さまは明らかに狼狽する。 「いや、もちろん、仏の御石の鉢じゃよ」 「そうですか。  しかし、残念ながら、これは私がお願いした  ものではありません」 私は、その汚い鉢を簡単に包み直すと、また御簾の下から左大臣さまにそれを突き返した。
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