火鼠の皮衣

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火鼠の皮衣

 それから、またしばらくすると、今度は、右大臣の阿部御主人(あべのみうし)さまがいらっしゃった。手にはやはり風呂敷包みのようなものを持っていらっしゃる。 「かぐや姫、ついに見つけて参りました。  姫が欲しがっていらっしゃった火鼠(ひねずみ)皮衣(かわぎぬ)  です。どうぞ」 御簾の下から差し入れられたそれは、どう見てもちょっと豪華なただの布。藍染なのか、とても綺麗な紺色をしている。その上、縦糸に金糸が混ざっているようで、布の両端にできたフリンジには金の糸が混ざっている。布全体もきっとお日様の下で見ればキラキラ輝くのだろう。 しかし、この手触りはシルクじゃない。 この触った感じは……綿? 確かに、この時代に来て、綿は見たことがない。 位の高い人たちはシルクの艶やかな衣装を着てるし、農民たちは、麻の服を着てる。 綿は庶民の布のイメージだったけど、この時代の日本には綿花は自生してないのかな? そう考えると、これはこれで貴重なのだとは思うけど…… 「右大臣さま……  せっかく見つけていただいたのにこのような  ことを申し上げるのは大変恐縮なのですが」 と口を開いた。 「私が欲しかったのは、これではありません」 その途端、右大臣さまが驚いたように目を見開いた。 「いや、確かにこれは、火鼠の皮衣ですぞ。  (から)の国にやった遣いに、  かの国にもないと言われたのを、必死の  思いで探し、ようやく天竺の聖者が持って  きたものを見つけ出したのです。  間違いであるはずがありません」 そんなことを言われても、これは綿だし。 あれかな? インド綿ってやつ? それなら、確かに天竺からもたらされた布ではあるよね。 ミンクのコートではないけど!! 「せっかくですが、これは私がお願いした  ミンクの毛皮でもなければ、右大臣さまの  おっしゃる火鼠の皮衣でもございません。  これは、綿です。  インド……えっと、天竺でとれる植物を  紡いで織られた布で、麻とは種類は  違いますが、普通の布です」 私はそう言うけれど、右大臣さまはなかなかに頑固で受け入れてはいただけない。 「これは、紛れもなく、この世にたったひとつ  しかない火鼠の皮衣ですぞ。  唐の国にもないと言うものを、無理に探して  見つけてもらったのです。手間賃もさらに  上乗せして払ったのですから、間違い  ありません」 ええ!? それって詐欺なんじゃ…… この時代にも詐欺ってあるの? やだなぁ。
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