蓬莱の玉の枝

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「その方というのは、どこのどなたですか?」 不比等さまは、身を乗り出して尋ねる。 「いえ、それは、私の口からは  申し上げられません」 「なぜですか?」 なぜって相手が1300年以上先の未来にいるからとは、言えないよね。 「簡単には、会えない方なんです。  ですが、私はその方以外の方と夫婦には  なりたくないのです」 だから、お願い。 もう、私に求婚するのはやめて。 「簡単には会えない方……  まさか!!」 ん? 何がまさか? 未来の人だなんて、分かるわけないよね。 「姫の想い人とは、天皇のことで  ございますか」 ……えっ? 今、天皇って言った? だって、ここへ来て最初の頃は、天皇って通じなかったよ!? 「天皇って、大王(おおきみ)のことですよね?」 私は恐る恐る尋ねる。 「はい、よくご存知で。  まだ朝廷の官僚でも、知らぬ者もいると  いうのに」 不比等さんは、感心したように頷きながら話す。 「はっ!  もしや、すでに天皇と文のやりとりなど  なさっているのですか?  でしたら、私はなんと恐れ多いことを……」 不比等さんは、急に恐縮し始める。 そうか! ちょうど今が、過渡期なんだ。 今までは大王(おおきみ)って呼んでたのが、天皇っていう呼称に変わる境目にいるんだ。 朝廷では、天皇って呼び始めてるけど、新聞やテレビがあるわけじゃないから、下の方へ情報が伝わるのに時間がかかってるってことなのね。 すごーい。 なんか、ちょっと感動かも。 「そのようなお方に懸想(けそう)していたとは。  どうか、お忘れくださいませ。  では」 ふと、気付くと、不比等さんは立ち上がり、帰っていく。 ん? なんだか、分かんないけど、諦めてくれたってことでいいのかな? それなら、いいんだけど。 それにしても、どうやったら、元の時代に戻れるの? また地震でも起これば、帰れたりするのかなぁ。 でも、耐震建築なんてまるでないこの時代に地震なんて、怖すぎるよね。
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