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それから数日後、天皇陛下がこの近辺で狩りを行うことになった。私が見つかった竹藪のある山がここから近く、鹿や猪などの動物がたくさんいるらしい。
しかし、私は外の喧騒とは無縁。
琴でも弾いてのんびり過ごそう。
そんな風に思っていた。
なのに、おじいさんとおばあさんが、なぜか、どうしてもあのドレスを着て見せて欲しいと言う。私は仕方なく、久しぶりにドレスに袖を通した。
神無月の今日は未来の感覚で言えば、11月。ノースリーブのドレスでは、とても寒い。だから、すぐに脱いで着替えようとしたんだけど、おばあさんが鮮やかな黄色い着物を差し出した。袂のない羽織り風のそれは、どうやら防寒着のようでふわふわする。綿入りの半纏みたいな感じ? でも、日本に綿花はないんだよね? どうしたんだろう。
「おばあさん、これは?」
「おじいさんが、お姫さまにって
用意したんじゃよ。
美濃の絁に真綿を入れてあるんじゃ
そうじゃ。
上から羽織れば温いはずじゃ」
絁って何だろう?
このシルクのことかな?
羽織ってみると、確かに暖かい。実家で着ていた半纏より暖かい気がする。
真綿って、シルクだよね?
だから、ポリエステル綿入りの半纏より暖かく感じるのかも。
色も、もしかしたら、ドレスに合わせて黄色を選んでくれたのかもしれない。我が子でもない私のためにここまでしてくれる心遣いが嬉しい。
「今日は、日差しが暖かいで、このまま御簾を
あげて縁側で過ごすのがええじゃろ」
おじいさんがそう言うので、私はありがたくドレスの上から、その上着を羽織って縁側で日向ぼっこしながらしばらく過ごすことにした。
ただ、ドレスだとスカートが邪魔で琴は弾きにくい。普段はスカートみたいな裳を履いてても、マキシ丈のスカートを履いてる感じだから、別に邪魔にはならない。でも、ドレスのスカートはふわふわと広がってるから、床に座ると邪魔になってしまう。
私はなんとかスカートを押さえ込んで、琴を弾く。
こんな時、不比等さまみたいに、笛だったら気にせず吹けるんだろうなぁ。
そんなことを思いながら、琴をかき鳴らす。
うん、楽しい。
私が、そんな穏やかな時を過ごしていると、後ろから足音が聞こえた。
おばあさんにしては足音が大きい。
おじいさん?
特に気にも留めず、琴を弾き続けていると、
「かぐや姫」
と声を掛けられた。
誰!?
私は慌てて振り返る。
そこには、狩りの装束なのか、胸当てのようなものを身に付けた多分40代くらいの見知らぬ男性が立っている。
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