天皇

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 しばらくして、おじいさんがやってきた。 「これ、お姫さま、このように天皇さまに背を  向けるなど、失礼じゃぞ」 そんなことを言っても、先に騙すように天皇を連れてきたのはおじいさんじゃない。 私は、取り合うことなく、背を向け続ける。 「よいよい。  こうして、噂のかぐや姫に会えただけでも、  来た甲斐があるというものだ。  そなたもよく、かぐや姫に会わせてくれたな  礼を申すぞ」 「はっ!」 天皇陛下からお礼を言われたおじいさんは、恐縮した様子で、言葉もない。  その後、天皇陛下のお供の方々は、おじいさんが用意した食事や飲み物でもてなされた。その間、天皇陛下はずっと私の部屋から動こうとしない。  御簾越しなら、何をしてても分からないから気楽なんだけど、こんな何の仕切りもない状態で、見知らぬおじさんと一緒なんて、ものすごく気詰まり。 「姫は、琴が好きなのか?」 天皇陛下がおっしゃる。私は、いつまでも背を向けているのも居心地が悪くなり、ゆっくりと振り返った。  こうしてみると、がっしりした体格で、凛々しい顔立ちをしていらっしゃる。しかも権力者。絶対、モテるタイプでしょ。  そんなことを思いながらも、天皇陛下を無視するわけにもいかず、返事をする。 「はい」 「今一度、弾いてみてくれぬか?」 「……はい」 初対面の権力者とおしゃべりをするより、琴を弾いている方が、よほどいい。  私は、すぐに縁側に置いたままになってた琴のところへ行き、爪を手に取った。 私は、思うままに琴の音を響かせる。 それを陛下は静かに聴いていらっしゃる。 遠く(くりや)の方からは、共の方々の楽しげな声が微かに聞こえ、山の方からは、時折り猟犬のけたたましい吠え声が風にのって届けられる。  けれど、この部屋の中はこの琴の響き渡る音色だけが静寂を形作っている。半刻(1時間)以上、陛下は何もおっしゃることなく、ただ、私の演奏を聴いていた。 「かぐや姫……」 「はい」 呼ばれた私は、一旦、爪を置いた。 「私は、先程、そなたと約束をした」 「はい」 何? やっぱりやめたとか言わないよね? 「女々しいと思われるかもしれないが、今一度  聞きたい。  御所に来る気はないか?」 「ございません」 最高権力者なのに、こうして意見を聞いてくれるなんて、とても素晴らしい。専制君主ではないのね。 「そうか。残念だ。  私が嫌いか?」 なんで、そんな切なそうなお顔をなさるの? お断りするのが申し訳なくなるじゃない。 ずるいわよ。 「いえ、嫌いというわけでは……」 嫌いと言ってしまえば、楽だったのかもしれない。でも、嫌いではない人に面と向かって嫌いと言う勇気はなかった。もっと横柄で、わがままな人だったら良かったのに。そしたら、「大っ嫌い!」って堂々と言って差し上げられたのに。
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