271人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
しばらくして、おじいさんがやってきた。
「これ、お姫さま、このように天皇さまに背を
向けるなど、失礼じゃぞ」
そんなことを言っても、先に騙すように天皇を連れてきたのはおじいさんじゃない。
私は、取り合うことなく、背を向け続ける。
「よいよい。
こうして、噂のかぐや姫に会えただけでも、
来た甲斐があるというものだ。
そなたもよく、かぐや姫に会わせてくれたな
礼を申すぞ」
「はっ!」
天皇陛下からお礼を言われたおじいさんは、恐縮した様子で、言葉もない。
その後、天皇陛下のお供の方々は、おじいさんが用意した食事や飲み物でもてなされた。その間、天皇陛下はずっと私の部屋から動こうとしない。
御簾越しなら、何をしてても分からないから気楽なんだけど、こんな何の仕切りもない状態で、見知らぬおじさんと一緒なんて、ものすごく気詰まり。
「姫は、琴が好きなのか?」
天皇陛下がおっしゃる。私は、いつまでも背を向けているのも居心地が悪くなり、ゆっくりと振り返った。
こうしてみると、がっしりした体格で、凛々しい顔立ちをしていらっしゃる。しかも権力者。絶対、モテるタイプでしょ。
そんなことを思いながらも、天皇陛下を無視するわけにもいかず、返事をする。
「はい」
「今一度、弾いてみてくれぬか?」
「……はい」
初対面の権力者とおしゃべりをするより、琴を弾いている方が、よほどいい。
私は、すぐに縁側に置いたままになってた琴のところへ行き、爪を手に取った。
私は、思うままに琴の音を響かせる。
それを陛下は静かに聴いていらっしゃる。
遠く厨の方からは、共の方々の楽しげな声が微かに聞こえ、山の方からは、時折り猟犬のけたたましい吠え声が風にのって届けられる。
けれど、この部屋の中はこの琴の響き渡る音色だけが静寂を形作っている。半刻(1時間)以上、陛下は何もおっしゃることなく、ただ、私の演奏を聴いていた。
「かぐや姫……」
「はい」
呼ばれた私は、一旦、爪を置いた。
「私は、先程、そなたと約束をした」
「はい」
何? やっぱりやめたとか言わないよね?
「女々しいと思われるかもしれないが、今一度
聞きたい。
御所に来る気はないか?」
「ございません」
最高権力者なのに、こうして意見を聞いてくれるなんて、とても素晴らしい。専制君主ではないのね。
「そうか。残念だ。
私が嫌いか?」
なんで、そんな切なそうなお顔をなさるの?
お断りするのが申し訳なくなるじゃない。
ずるいわよ。
「いえ、嫌いというわけでは……」
嫌いと言ってしまえば、楽だったのかもしれない。でも、嫌いではない人に面と向かって嫌いと言う勇気はなかった。もっと横柄で、わがままな人だったら良かったのに。そしたら、「大っ嫌い!」って堂々と言って差し上げられたのに。
最初のコメントを投稿しよう!