天皇

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 そうして、陛下は、お供の方々と共にお帰りになられた。 ふぅぅっ 疲れた。 でも…… 思ったほど、怖くなかった。 なんとなく、この時代、中央集権で中世ヨーロッパの専制君主みたいなのをイメージしてた。 今だって、剣を突きつけて無理やり連れて行っても良さそうなのに、そうはしなかった。 嫌がって隠れた小娘相手に「すまない」って謝って「顔を見せてくれ」ってお願いする王様なんている? 律儀に約束を守って、諦めて帰るなんて…… おかげで助かったけど。  でも、そんなところは、正輝さんとちょっと似てる。 ひと回り年上だからって、一生黙って見守るつもりだった正輝さん。 学費を出してくれるのに、「だから結婚しろ」じゃなくて「結婚して」とお願いする正輝さん。 決断は早いけど、決してごり押しすることなく、いつも私の意見を聞いてくれる。  だけど、醸し出す雰囲気は似ていても、やっぱり正輝さんじゃない。 私の大好きな正輝さんじゃないんだもん。  そんなことを思っていると、天皇陛下から文が届いた。 『帰るさの みゆき物憂(ものう)く おもほえて  そむきてとまる かぐや姫ゆゑ』 帰り道の道中、なんとなく切なく思えて、つい後ろを振り向いて立ち止まってしまう。それもこれも全てかぐや姫が一緒に来てくれないから…… そんな風に言われたら、つい、こっちまで切なくなっちゃうじゃない。 だって…… そう……かもしれないけど…… 私には心に決めた人がいるんだもん。 どんなにいい人でも、どんなに正輝さんに似ていても、結婚はできないよ。  私は、代筆で返事をお願いする。 「御所に行けなくてごめんなさい。  私にはそのようなところは、似合いません。  どうぞお忘れになってください」 広くなった家のことを取り仕切ってくれてる男性が、それをさらさらと書き付けて、届けに行ってくれる。 届けられた天皇陛下は、男性からの手紙って気付くのかな? 想像するだけで、なんだか笑えてくる。 っていうか、いい感じの歌にしてくれるって言ってたけど、どんな歌になったんだろう。 気になった私は、戻ってきた彼に尋ねてみた。 「はい、お届けした歌は、  『むぐらはふ (した)にも年は 経ぬる身の   なにかは玉の うてなをも見む』  と書いたものを届けましてございます」 つまり…… つる草の這っているような貧しい家で過ごしてきた私ですよ? どうして、煌びやかな御所を見て暮らせると思ってるんです? みたいなことよね? 「ごめんなさい」と「忘れてください」は省略されたのね。ま、いいけどさ。
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