馴れ初め

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えっ? あまりにも驚いた私は、泣いてるのも忘れて顔を上げてしまった。 「俺なら、明音ちゃんを大学に行かせて  あげられる。この旅館も、客足が戻るまで、  出資してもいい。ダメかな?」 「あ、あの、なんで……」 私なんて、内藤さまから見たら、子供みたいなものじゃない? 「明音ちゃんは、俺がなんでこんなに毎月の  ように、ここに泊まりに来るか知ってる?」 ……知らない。 私は無言で首を振る。 内藤さまは、もう何年も前から年に10回くらい泊まりに来てくださってるイメージ。 それこそ、旅館の中にはたまにしか顔を出さない私が顔と名前を覚えるほど。 「あれは、もう7、8年前になるかな。  たまたま友人と初めてここに泊まったんだ。  その時、フロントでチェックインしてる時に  初めてロビーで明音ちゃんの琴を聴いて、  鳥肌が立った。  桜色の着物を着た、どこかあどけなさの残る  女の子が、それは見事に琴を  かき鳴らしていて……  それからだよ、俺が頻繁に泊まりにくる  ようになったのは。  俺は明音ちゃんに会いたくて、ここに  来てるんだ。  俺は、明音ちゃんから見たらひとまわりも  年上のおっさんだし、恋愛対象外なのは  分かってる。  だから、一生、何も言わないつもりだった。  でも、今、明音ちゃんを助けてあげられるのは  俺だけだと思う。  もちろん、明音ちゃんを一生大切にするし、  必ず幸せにする。  だから……」 そんなこと、思っても見なかった。 いつもロビーで見かけて、密かに憧れていた内藤さまが、私なんかを…… でも…… 「とってもありがたいお言葉なんですが、  私なんかじゃ、内藤さまの奥さまは  務まりません。まだ学生ですし、社会の  常識にも疎いですから……」 私が、自信を持って内藤さまの隣に並べるような女性だったら良かったのに…… 「明音ちゃんは、俺のこと嫌い?」 「っ!!  そんなわけ、ありません!  内藤さまは、ずっと私の憧れでした  か…ら……」 思わず、叫ぶように言ってから、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ってるのか気付いた。 私は、慌てて内藤さまに背を向ける。 恥ずかしい〜 顔が熱くて、熱くて、もう消えてしまいたい。 「くくっ  ありがとう。嬉しいよ。  じゃあ、明音ちゃん、結婚しよう。  これから、ずっと俺のそばにいて」 そう言うと、内藤さまは、後ろから私の肩の辺りをそっと抱きしめる。 私は、恥ずかしいのと、嬉しいのと両方で、どうしていいか分かんない。 「いいよね?」 囁くような低い声が頭上から降ってくる。 私はただ無言で頷いた。
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