お忍び

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お忍び

 そうして、神奈月も半ばの14日のこと。 日暮れと同時に東の空からほぼ満月に近い綺麗な月が昇る。 戌の刻を半刻ほど過ぎ、未来の時刻で21時を回った頃、私はそろそろ休もうと、灯台の火を消した。  その時、ミシリ…と廊下の床が軋む音が聞こえた。 「おばあさん?  こんな時刻にどうなさったの?」 外は明るい満月に照らされているけれど、その月明かりも、この締め切った室内には、全く届くことはない。 真っ暗な闇に閉ざされたこの部屋で微睡んでいると、カタッ、スーッと建具が滑るように開けられる音がした。 えっ? おばあさんじゃない? おじいさんやおばあさんなら、私が声を掛けたのに無視するはずがない。 私は、身を固くして息を飲む。 戸が開くと、闇になれた目には眩い月明かりが差し込む。 そして、それを遮るように、すっと戸口に人の影ができた。   大きい!! 絶対、おじいさんやおばあさんじゃない。 何? 泥棒? 私は、そのまま静かに後ずさる。 だけど…… カタンッ 私はうっかり脇息(きょうそく)を倒してしまった。 音を聞いたその人は、まっすぐこちらに向かってくる。 どうしよう? どうすればいい? 私は、思い切って立ち上がり、駆け出そうとした。 けれど…… 「姫」 低い声で呼びかけられると同時に、袖を掴まれてしまった。 「ヤッ!」 私は腕を引っ込めて逃げようとするけれど、今度は腕を掴まれ、抱き寄せられてしまった。 「ヤダ! 離して!」 私は相手の胸を押して離れようとするけれど、びくともしない。 「かぐや姫、大丈夫。  そなたが嫌がるなら、私は何もしない。  だから、今少し、このままで」 低い囁き声が耳元をくすぐる。 この声…… 「おお……きみ?」 「ずっと会いたかった」  見知らぬ人ではないことが分かり、少しほっとする。それでも、この状況は安心できるものではないけれど……
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