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「でもこれノエルのために作ったでしょ」  きいちゃんがなにかが含まれているような笑みで言った。 「……どうして?」 「いちごまみれだもん」  僕は破顔して正解、と右手の人差し指と親指で丸を作る。きいちゃんがなにその仕草可愛い、と呟いたのを、そっと聞き流した。 「喜ぶかなって……なんか最近、ノエル、なにかに思い詰めているみたいだから」 「やっぱりそう見えるよね。俺にもそう見える」  思いがけずきいちゃんが賛同したので、僕はちょっと驚いた。 「きいちゃんもそう思う?」 「思う。まあだいたい想像つくけど。あいつ分かりやすいから」 「本当?」  できたらその想像とやらを聞いてみたい。でも大人が首を突っ込むことでもないだろうっていう気持ちが歯止めをかける。ノエルたちにはノエルたちのコミュニティがあって、彼らはそれに干渉を許さない時期になってしまった。ちょっと寂しいけどそういうものなんだろうって言い聞かせている。 「気になる人ができたって感じ。学校でもよく上の空だよ」  きいちゃんは口の端についているいちごのホイップクリームを舌先で舐め取りながら、なにかに思いを馳せるように笑うんだった。少し複雑そうだった。その複雑さは流れ星のように一瞬で洗練された表情の向こう側へ消えていってしまった。  僕はなにも言わなかった。言えなかった。気になる人、ってどういうことだろう? いろんな感情が津波のように押し寄せてきそうになったから、静かに思考に蓋をした。僕は今お客さんであるきいちゃんと会話をしている店員なんだから。  私情に呑まれるのは大人げないって自分の気持ちを見ないふり。 「ねえ、優月にぃの話を聞かせてよ」 「僕の話?」  クリームの付いたナイフや食器を片付けながら、僕ははぐらかすように微笑する。 「ノエルとはいつから一緒なの?」  目を輝かせる彼は本当に噂話やお喋りが好きな女の子みたいだった。 「俺くらいの時ってどんなことしてた? 恋人はいたの? 好きな子とか! なにやってたの?」  好奇心に満ち溢れている彼は本当に楽しそうだった。こんなふうにすべてが綺麗に輝いていた時代が僕にもあった。ここまできらきらしてなかったし、苦い思い出ばかりだけど。でも、すごく幸せなこともたくさんあった。  そういうことを思い出すとやっぱりノエルとの出会いは僕にとってかけがえのないものだ。今の僕の幸せは、ノエルが運んできてくれたって言っても過言ではない。 「さあ、どうだったかな?」 「今日は聞くまで帰らないからね!」  くすくす笑ってごまかした。  店内のBGMはゆったりとしたコントラバスのJAZZ。静かな昼下がり。  もう一時間もすれば、ノエルが帰ってくるだろう。  それまで彼に付き合うのも悪くない。  窓の外の天気は快晴だけど……まもなく雨が降るだろう。
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