<1>

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

<1>

---足音がする。 背中がゾッと総毛立つ。 恐ろしいという感情より先に、身体が動いた。 「これ」だけは渡すわけにはいかない。 取り上げられるのだけは嫌だ。 俺の希望なんだ。 ましてや、俺一人だけのそれではない。 弟の、俺の友達の。 ひいては、仲間たちみんなの希望でもあるのだ。 ガチャリ、とドアを開ける音がした。 恐怖の根源がこちらを覗き込む。 その僅かな隙間から、疑念に満ちた目で見つめている。 「---今、何やってた?」 完全に、疑われている。 俺たちは、この『王国』において。 いつも監視されているのだ。 「何も……。本、読んでた……」 恐怖で凍りついてしまった弟を庇うように、自分が前に出る。 ……ふうん。 つまらなそうに鼻を鳴らして、敵はその場を去った。 「---もう大丈夫だぞ」 「どうして……。何で、こんな……」 「泣き言を言うな。これくらいのことで凹んでいて、これから先も耐えていけるか」 「……うっ。ゴメン、お兄ちゃん」 「謝らなくていい。全ては、大切なものを守るためだ」 弟は顔を上げ、背中に隠していた「それ」を取り出す。 『王国』の水面下に作った、レジスタンスの仲間たちと接触できる時間は限られている。 俺はゆっくりとその「それ」に触れ、震える指で連絡を送った。 『こちらRIKコード、蒼α。こちらは無事にやり過ごした。応答願う』 しばしの時が経つ。この僅かな瞬間もが惜しい。 返信が来た。 『こちらRIKコード、紅α。蒼αに了解。しかし黄αと連絡が取れない。やられたかもしれない』 隣で画面を見ていた弟が、息を飲んだ。 「そんなッッッ……菊池くんが」 「裕司……じゃなかった、蒼β。コードネームで呼べ。本名を口にするな」 「ご、ごめんお兄ちゃ……じゃなくて、蒼α」「それでいい。……紅α、引き続き警戒せよ。黄αのことはこちらでも調べておく」 『了解』 短く応答して、通信を終える。 「……」 画面を切り替え、現在の戦況を観に行った。 分かっていたことだが、『王国』の監視下にある俺たちは、圧倒的不利の劣勢だった。 『王国民は須く諦めて降伏せよ』 『もはやお前らに勝ち目はない』 「くそッ!」 敵から入る通信に、思わず舌打ちをする。 この戦いは、初めから負けが決まっているようなものだった。 それでも、負けるわけにはいかない。 ただ諦めて、勝負に挑むこともせず負けるのを黙って見ていることはできない。 「何とかするんだ……!」 俺はもはや通信の途絶えた「それ」の真っ暗な画面を見ながら、歯を食いしばった。 負けられない。 俺たちは、この戦いに負けるわけにはいかないんだ……!!! ---この小さな「端末」を、守りきるためには。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!