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宗田超愛は芸術一家の一人息子。極めて達観している一族の末裔。……と言えば聞こえはいいが、変人の塊の中で比較的常識的な宗田藤吾から生まれた超変人だった。
藤吾の父優雅は舞踊家、母希世乃は華道家。父は長男に舞踊を教えたが、高校生になった藤吾は従兄の舞う能に魅せられ、その道に転じた。
当然父はそれを咎めると世間では思うだろう。だがこの一族にそういう思考はない。
家系を辿ると、『神事で舞う巫女の流れを汲む白拍子が、手に手を取って逃げ出し添い遂げて今に至る』となっている。
しかしそれは江戸時代後期、先祖の途中過程にいた浮世絵師が夢で先祖に告げられたという話。その浮世絵師の名前は『美面』だったとかなんだとか。
その美面の孫が『宗田』の苗字を名乗り、『宗田家』となった。要するに、家系の真実は不明の一族なのである。
ただ芸術の才には代々秀でていた。何かを志せば成る。成れば良いのであって、その中身については大幅に自由なのだ。
結局、藤吾は能の世界で名を成し、そしてそれを観に来た少女と夫婦になった。藤吾20歳。天音17歳。
子が生まれた。美しい男の子だった。藤吾は男らしい名前を付けたかった。なにしろ皆名前にはこだわりがあって、摩訶不思議な名前を考え出す。祖父は橘樹、曾祖母は詩苑。どんな名前をつけられるかと思うと気が気じゃない。
そして思った通り、母希世乃が言い出した。
「こんなに美しいなんて…… 蝶! 蝶のつく名がいいわ」
「お母さん、やめてください! 男の子なんですよ、もっと凛々しい名前にしたいです」
21に近い藤吾はできればはっきり男と分かる名前にしたい。特にふりがなは悪目立ちするようなものにしたくない。『藤吾』でも充分変わっていると思っている。
「藤吾、お母さんのアイデアはいいと思うぞ」
(優雅なんて名前のお父さんに凛々しい名前なんか浮かばないんだろうな)
名家と言われているから自分の独断で名前をつけられない。(と、藤吾は勝手に思い込んでいた)
妻の天音は「あなたにお任せします」と言ってくれる。彼女は茶道家だ。風流な名前が多い家系だ。
「では、なんと読むのがいいの? それに合わせるわ」
藤吾の頭の中に浮かんでいた名前がある。『将成』だ。『宗田将成』。男らしく立派な名前。
「将成とつけたいです」
「まさなり…… 考えます。少し時間をちょうだいね」
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