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「今度はオーストリアに」
「今度はスイスに」
幼子を連れて絵と音楽の世界に漂う二人に藤吾は厳命を出した。
「花は日本で育てなさい」
二人は悩んだ。どうしたら良いのか。藤吾はこれなら二人も我が家に落ち着いて家庭生活をはぐくんでいくだろうと思ったのだが。
藤吾と天音は、両親、優雅と希世乃が存命の間、息子の超愛との間に相容れぬものがあった。あまりにも現実を知らない。
教えなかったわけじゃない、だが超愛の中にそれはほとんど残らなかった。彼にとって世の中とは花びらが舞い、光が舞い、蝶が舞う世界だ。
孫の花のために軌道修正をするべきだ、そう藤吾が考えた時にはもう遅かったのだ。超愛と夢の取った道は、花を日本に置いていくこと。
藤吾は烈火のごとく怒った。
「いい! 花は私が引き取る!」
親になるには幼いままの二人。超愛は祖母の希世乃が望んだ通り、まるで蝶のように美しいものから美しいものへと飛んでいく。
花が学校に入るまでは藤吾が育てたが、学校を考えて花をようやく帰国した両親の手元へ帰した。きっと我が子を思えば親として育つだろうと。花の存在が二人を親にしていくと思ったのだ。
だがそうはならなかった。両親は現実の世界から、あまりにも容易く創造の世界へと入り込んでいく。気がつけば日本を離れる準備を二人でする。花は数度、藤吾のところに家出をした。
それでも二人は心から花を愛していた。
「マイボーイ」
超愛が言う。
「今度はルーマニアに行こうと思う」
「あ、そう」
「帰るときに連絡するよ」
「あ、そう」
「もちろん夢さんも一緒にいるから心配しないでおくれ」
「あ、そう」
「花、向こうからもお休みのキスを送るわね」
「あ、そう」
「今度は携帯電話の存在を忘れないようにするわ」
「あ、そう」
二人の愛は常に本物で、だから他の価値観など分からなかった。愛と美。それ以上に何が必要だろう?
何か花が言えば返す言葉は『花の望む通りに』。なんでも花の望むことを優先したい。愛しているから。時には親として拒む必要があることでさえ、望むままにした。
花は賢い。試しにいろんなことを言ってみた。だが返ってくるのはいつも同じ言葉。
「ダディ、マム。俺の望む通りにするのは楽しい?」
「もちろんだとも!」
「もちろんよ」
二人に愛以外の何もないことは知ってはいるのだが。
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