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藤吾の家に着いて、花は眠っていると聞かされた。
「別れて住むと聞いた。あの家を売りに出すとも。なぜだ?」
「僕たちは……互いに持つ時間が同じではなくて」
「まさなりさんの絵の世界と私の音楽の世界がずれてしまうんです」
「だからお互いの道を進みながら心はそのままに生きて行こうと決めたんです」
藤吾は頭を抱えた。あの時自分が花を引き取らずに二人と共にいさせれば良かったのか。離れたから花との間にある溝に気づきもしないのだろうか。
そこに花が降りてきた。
「花、花、花……」
駆け寄った夢が泣いて縋りつく。花からのため息が聞こえた。
「分かったよ。話聞くから。座って」
超愛は自分たちの考えたことを一生懸命花に伝えた。なぜ離れるしかないのかを。
「で、俺を捨てることにしたんだ」
「違う! 花、本当に一緒に暮らしたいんだ。今まで離れていた時間を取り戻したい」
「子どもに縋りつくなんて、父さん、美しくないよ」
「悪かったと思ってる。私たち、確かに自分勝手だったわ。でもあなたを愛してるのは本当なの」
「絵も描きたい、ピアノも弾きたい、おやつに俺が欲しい。気持ち、いい?」
「そんな……」
二人とも言葉を失くした。息子の声には、決して相いれない嘲りがあった。冷ややかな拒絶。
「俺をおじいさまに養子に出して。マンションを借りて住む。転校なんて考えてない。学費と生活費のことはおじいさまと話して。もう意味の無い親子関係にはうんざりだ」
出て行く花の後ろ姿を呆然と見ていた。
「お前たち、どうする気だ?」
よくよく二人で考えた結論だった。こんな結果が出るなど、思いもせずに。
「僕たちは……」
藤吾は言葉の続かない超愛に深い悲しみを抱いた。
(もっと私が関わっていたら。あまり口を挟まぬようにしていた結果がこれか)
「答えが出ないんだろう? どちらを取るか混乱するほど、お前たちにとって花は最優先ではないということだな」
「そんな…… お父さま、そんなこと」
「では全て捨てて花に寄り添えるか?」
無言になる夢。結論を出すべきだ、花のために。
「親権を私に譲りなさい。もうお前たちの息子ではない」
二人の唇が震える。
「超愛。夢。あれもこれも同等の重さで手の中に収めようというのは無理なんだ。きっと子どもがいなければ味わわなかった思いだろう。だがこれが現実だ。お前たちは今からでもそれを学ばなければならない。そうでなければどんどん花と心が離れていくよ」
「父さん……」
「親権の具体的な手続きは後回しにしよう。考えなさい」
「家を……あのままにします。生活費も送ります。なんでも花の望むことを優先します」
「だが一番必要なことを優先してはいない。……家のことは花と話す。住むのはあの子だから。生活費は要らん。都合のいいところだけ格好をつけるな。何もしなくていい」
帰宅して、超愛はぽつんと呟いた。
「花に捨てられてしまった……」
悲しみながらも二人は自分たちの思い描く世界を求めた。息子が心の中で泣き叫び、本当は自分たちの存在を欲していたのも知らずに。
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