光 (Jの物語:番外編その9)-完-

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   日々を過ごすうちに夢から連絡があった。 『ドイツに行きます。ジンゲン刑務支所で慰問コンサートです。いらしてくださいな』  超愛の気持ちが行き詰っていた時だった。 『夢さん! 会いたい! 行きます』 『一日早く行きます!』  空港で出迎えた超愛は夢に飛びついた。 「夢さん、夢さん……」 「まさなりさん、どうしたの?」 「『美しい』ってどういうことだろう…… 僕の出口が消えてしまった」  こんなことは初めてだ。夢は超愛を抱きしめた。 「まさなりさん。自分で自分の光を弱めてはいけないわ。消えてなんかいない。あなたを取り巻く全てが美しいのよ。あなたが光を小さくしただけ」  その日は二人でゆっくりと過ごした。食事を共にし、カクテルを飲み、そして愛し合う。 「夢さん…… 僕の光が消えたとしても夢さんの美しさは消えないよ」 「私の中であなたの声はきれいでおだやかなリズムを刻んでいる…… あなたの光は今眠っているだけよ。待ちましょうね」  癒し合う二人の夜は更け、朝を迎えた。  『ジンゲン刑務支所』は、高齢者専用刑務所だ。62歳以降の男性50人くらいが収容されている。平均年齢70歳以上。90歳くらいの老人もいる。  夢さんについて超愛はアシスタントとして入った。その塀に愕然とする。犯罪者がどういうものかくらい知っている。犯した罪を償うためにここにいる。そうしたのは彼ら自身だ。  それでも初めて見る『人と人を分ける』壁。そしてこの中に人としての自由を取り払われた人たちがいる。  演奏を聞く彼らは、穏やかな顔をした老人ばかりだった。曲が終わり立ち上がって拍手する彼らを見て、超愛は涙を流した。 「どうして? どうしてあなたたちは自分の自由を手放したんだ…… 美しくない、ここは美しくない…… 人と人を隔てるものはなんであろうともあってはならない、けれどあなたたちは自分からこんな場所に入ってしまった…… 持っているはずの選択肢をどうして棄てたの? どうして……」  刑務官が来て「外へ」と泣いている超愛の退出を促した。逆らうこともせず大人しく出る。最後に振り返った時、何人もの老人が泣いていた。 「夢さん。ありがとう、分かったような気がする。『美しい』ということは隔てがないということだよ。空だって毒蛇だって、一つの生として美しい。そこに害をなす、害をなさないという隔たりはあっても。でもね、命としては美しいんだ。毒や武器、命を脅かすもの。それこそ遠ざけるべきものだ。犯罪者はその中に入るんだね。壁の中から出て来られない人たちは…… あの壁に入ることを選択した人たちは美しくない…… いけないんだ、隔てられることそのものが。けれど……」 「まさなりさんの言うこと、私には分かるわ。命と命に差別があるのは美しくない…… 私は音楽の世界から言えるの。今日の演奏で涙を流す人を見たわ。彼らには誰とも変わらない心があるの。音楽を聴いて涙を流せる。それは素晴らしいことだと思うの」   
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