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プロローグ
「変化し続ける事が……強さなんだ。」
少年は宇宙にぼんやりと浮かぶ月を眺めながら、自嘲げに呟いた。その言葉は誰に向けられたものなのかは、少年自身が一番理解していた。
——12月のとある冬の一日。
現実世界ではしんしんと雪が降り積もる中、GBAと呼ばれる仮想空間の中で2機のMSが夜空を飛んでいた。夜空にメタリックブラックでムラなく塗装された美しいMSと、黒と白のモノトーンカラーに彩られた機体。その2機が当ても無さげに、だが明確に何かを探しているかの様に辺りを見渡しながら、ゆっくりと空を飛び続けていた。
「今日も収穫無しか……残念だ。」
コックピットの中で少年が1人嘆く。MSの背部に備え付けられたブースターを景気良く吹かしながら、黒色の装甲を盛り付けられたMS”ガンダム”に良く似た特徴を持つ機体が、空を飛び続けていた。コックピットの中は寒いのだろうか。それともただの衣装の個癖なのか、不格好なまでに厚着をした少年が軽やかに鼻歌を歌いながらもコンソールを弄り機体の設定を調整する。本来、機体を動かしながらの調整など愚の骨頂のはずだが、その点では彼は器用だった。
「この周辺はこれでよし、と。」
ふぅ。と溜息をつき少年は額の汗を拭う。当然GBA内では汗など流れない。真似事に過ぎなかったが、彼なりの癖なのだろう。
「ん?敵機か……。」
彼は敵を発見すると、もう1人の相方にMSのデュアルアイを煌めかせた。光信号の合図だ。
少年が発した光信号に反応したのか、少年の相方が子気味良く返事をする。夜空の向こうに見える銀色の機体の頭部から応答するかの様に光信号を発し少年に合図を送った。
「燈夜。あれは”マスダイバー”だ!!」
「……ああ。観たら分かるよ。……癪に触るよな。規則(ルール)を破るのってさぁ!!」
燈夜と呼ばれた少年のMSが足を止めると、敵のマスダイバーのMSに対して挨拶がわりにとビームマグナムを放った。銃口から放たれた赤い閃光が唸りを上げて敵に迫るが、見えない壁に阻まれ掻き消される。その様相から、一種の電磁バリアーである”Iフィールド”を搭載していると一瞬で判断した。
敵のマスダイバーもこちらに気づいたようだ。黒と紫に彩られた怪しい機体。その異様に物の怪染みたMSはザンスパインと呼ばれる機体だった。燈夜達に気づいたザンスパインがその猫の目を模したデュアルアイを怪しく光らせると同時にビームサーベルを咄嗟に抜き迫ってくる。
燈夜も自身のMS——”ガンダムメタモルフィス”のスラスターを使い機体を微調整させると、黒い外套の様な装甲をおもむろに開き、その姿を露わにした。
「フルプレートモードで相手をするまでもない!」
黒い外套の下からは一糸纏わぬ純白のMSが姿を現した。その機体は白く細い。だが、そのMSはある一点だけ異様な外見をしていた。股間に携えた大型の槍”ショットランサー”が取り付けられている。
燈夜は縮こまっていたそれを一瞬の間も無く大きく展開させザンスパインのビームサーベルを真っ向から受け止める。股間の耐ビームコートされたショットランサーとビームサーベルが鍔迫り合い粒子がじりりと散り、機体の表面を焦がした。
“ブレイクデカール”と呼ばれるチートツールで大幅にパラメーターが強化されたマスダイバーのMS相手でも、出力は全くといっていいほど負けていないようだ。
「なんだお前はぁっ!!」
敵のマスダイバーが吠えた。モニターに映る姿は美しい黒髪に真っ白な肌の美少女の姿をしてはいたが声は粗野な男の声だった。GBAでは姿を変えることが出来、己の理想とする姿を取る者が多い。そのため実際の性別は男だとしても、あえて女の姿をする歌舞伎めいた者も少なくはない。
「俺達はマスダイバー狩りだっ!」
「そうさっ!僕達はーー」
「「”イノセントラヴァーズ”!」」
燈夜ともう1人の少年、光輝がGBAの空に向かって吠えた。
「イノセントラヴァーズだと?」
美少女の男が驚愕の声を上げた。意味不明だと言わんばかりに。ちなみに燈夜達もチーム名を今この瞬間にノリで決めたため、特に意味は無い。全くもって意味をなさないやりとりだったが、一瞬の隙を作るには充分だった。
「この外道!!終わりだっ!」
燈夜がスラスターを操り機体を後方に下げると同時にショットランサーの先端からトリモチを射出する。発射された白濁状のトリモチが敵のMSの手足に絡みつき捉え動きを強制的に停止させた。
「まっ!待て!待ってくれ!確かに俺はマスダイバーだ!だが俺はお前たちに何もしてないだろう!」
もがけばもがくほどにガンプラの手足や関節部にトリモチが食い込んでいき動くことすらままならない。 最期を悟ったのか命乞いをする敵機。だが燈夜は攻撃をやめなかった。彼は悪質なプレイヤーの中でも、”特にマスダイバーだけ”は許せなかった。
「俺はっ!俺達はっ!!」
「良心の呵責なく倒せる相手なら誰でも良いっ!だから!」
「「ここからいなくなれぇーー!!」」
ガンダムメタモルフィスの股間の後側に装着された二つの太陽炉が溢れんばかりに光輝く。
太陽炉によって生成されたエネルギーが股間のショットランサーとガンダムメタモルフィスの両腕に集中していく。更にトランザムが起動し赤色に光り輝くガンダムメタモルフィス。
そのルビーの様な赤く激しい輝きは燈夜自身の怒りを体現しているかに見えた。ガンダムメタモルフィスが祈りを捧げるかのように腕で十字架を切る。充填したエネルギーを交差させた腕と股間に集中。そして間髪を入れる事なく一気に解放した。
「うおおおぉぉ!!GNスペシウゥゥゥゥム!!」
燈夜の怒りの雄叫びが響き渡る。メタモルフィスの両手と股間から溢れんばかりのエネルギーの奔流が煌々と敵機を包み破壊していく。
「ああぁぁぁ!!それはウルトラマァァァァ!!」
敵は己の理不尽さを嘆くかのように叫んだ。
両腕と股間から発射された青い閃光が敵のザンスパインに直撃。Iフィールドを搭載しているにも関わらず、その頼みのIフイールドすらもその威力の前に掻き消されていく。ブレイクデカールによって強化されているといえど限界はあった。耐久力を上回る圧倒的な火力に包まれ、敵のザンスパインは爆発する間も無く蒸発した。宇宙に沈黙が流れる。
「終わったな……。」
「ですな……。」
2人がGBAの静かな夜の空に漂い、誰に聞こえるでも無く静かに呟いた。敵は倒したが、燈夜は少しだけ虚しさを覚えた。
こんな事を続けていたとしても、彼女は戻らない。マスダイバー狩りを続けても彼女の情報は手に入らない。今はその事実を受け入れることが一番辛いことなのだと、彼にはわかり切っていた事だった。
「燈夜……本当にいいのか?」
「ああ。分かってるさ。だけどさ……割り切れないんだ。頭で分かっていても、心で理解できないんだよ。」
薄暗いコックピットの中で燈夜は胸を押さえ心底苦しそうに呻く。
失ったものは、取り戻さないといけない。
(……こんなのは僕の自己満足に過ぎない。)
心にあいた穴は、簡単には癒されない。
仮想空間の夜空を、2人は当てもなく飛び続けていた。一心不乱に何かを探している2機のMS。その背中は少しだけ寂しそうに、頼りなさげに見えた。
第1夜に続く。
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