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「ふんふんそれでそれで?」
覚醒。
先ほどまで過去に浸っていた筈の、否、柔肌に食らいついていた筈の牙。
憧れの吸血鬼と同等となった白い犬歯は、鎧のような濃い深緑の皮膚に噛み付いていた。
通らない。
鉄を喰んでいるような、否、今の自信ならば鉄ですら噛み砕けるであろう。
それなのにまるで歯が突き刺さる気がしない。
何故。
何故、俺はこんなモノを。
そうだ、俺は新しい『血袋』を見つけて、それから。
「己を狂わせ血を啜ろうとした。」
眼前の『存在』は思考を先回りして言の葉を紡ぐ。
その声は透き通る水のせせらぎのようで、うら若い少女のソレのようである。
だが、顔は、頭は。
「定期的に血を提供してくれていた都合の良い女。常に不安定な精神状態彼女の為に、ご機嫌取りの為に、血を絶やさない為に、貴方はこの遊園地にデートに来た。」
語っても、思い出してもいない過去を先んじて口にする『存在』。
かろうじて『ヒトのカタチ』をとっているソレの腕に、噛み付いている。
あのスーツ姿の女ではない。
アレには血の匂いがした。
だが、コレには感じない。
そもそも『血が通っていない』のだ。
異常な超常な『存在』。
『鰐』。
己のような『蝙蝠の特徴を得た人』などというシロモノではない。
まるで『世界をまるごと呑むような巨大なワニが、無理矢理ニンゲンの大きさと形状を真似ている』ような。
異形ならぬ異。
「だけど、女は餌の癖にしばらく距離を置きたいなどと抜かし、それに激昂したアナタは……。」
鰐はよく回る巨大な顎を少し開き「あぁ。」と吐息を漏らす。
「ゴメンゴメン、混乱しちゃうよね?」
アナタにとってははじめまして。
頭の中に直接声が響く。
ワタシはずっとアナタを識っています。
耳を塞げない。
「ワタシはセベク。」
ワタシはセベク。
「この世界の発生からアナタ達『ヒト』の思考を読み、管理する黙示録の獣が一獣。」
セベクと名乗る鰐はニタリと笑う。
ワニの表情は分からない。
だが、己を取り囲む空間そのものが、血を吸われ地に伏した死人達の眼が、過去に出会った人々の記憶が、俺に笑いかけたのだ。
「平たく言えば神様……かな?」
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