1人が本棚に入れています
本棚に追加
4.騒々しい想像死
僕は押し付け損ねたゆめのうつつと戦うはめになりました。
食べ終えたお弁当の容器をそのままに、わざと粗雑に放置した割り箸に最後の気丈さをエスケープさせて。
男が言ったことは余りにもうつつ離れしていましたから、僕はせめて想像力で現実の模に組んでいくのです。この頑なな世界でせめて僕だけは神様でいられるように、大きな許しがあって、僕は小さくゲップをしました。
その一。渡されなかった大根。
想像の淡い映像の中に真っ白な大根がのさばって、色気にも似た野菜然とした居ずまいを発散しております。
大根置いて逃げてこい、そう言うからにはなくてはならない継続動作でしょう。
それがあって、僕は大根に仕込まれた不誠実、もしくは異世界へのパスポートを想像し得るはずです。
なのに、男は大根を渡さずに、行ってしまいました。
その二。言わなかった。「みているぞ」
悪漢の常套句です。嘘でもハッタリでも願ったり叶ったりでも中臣鎌足でも、言うべき言葉です。
それを言われて、私はキョロキョロ監視者を探し、疑いの目で往来する人々を刺し殺せたはずです。
しかし、男は「みているぞ」とは言いませんでした。
その三。語られなかったルール。
これが一番大きなポイントでした。しくじる、ことの定義が伝えられていないのです。置いて逃げる、と一口に言っても、何処に、成功とは? 失敗とは? 何もさっぱりわからないのです。
けれども、男のジェスチャーはしくじったら死、と、僕に告げていました。
割り箸で手の甲をめったらに突っついてみます。
「痛い、ずるい」
いつだって現実はずるく、痛みだけでうつつとゆめの境目を引いてくるのです。
タイムリミットは今日が終わるまで。
想像の中で、死が固まって、冷やされた寒天のようにブルブルしております。
全く僕の想像力は街で一番騒々しい、それで選ばれたのかな? それとも隣の坂崎さんは鳩の代理戦争を押し付けられ、階下の山田さんはアメリカ密航団団長を仰せつかったかな。
想像の中で、ルールができていく。
大根は店に置くのだ。店の者にばれたら、しくじり。
大根置いて、逃げてくる。
ばれなければ、勝ち。
負けられない戦いが、僕の今日のうつつ。
誰かのうつつより、ちょっとばかり心臓がうるさい、今日のうつつだ。わかめご飯にしなければ、もう少し静かだっただろうか。
男が乗った車を追いかけていた視神経が、パチン、と鳴って、僕はやっとテレビを点けた。
クイズ番組の問題に、「カスピ海」と正解をしても、大根は僕の想像力の一番いい席でずっとずっと映画を観ていた。
暇だね。
最初のコメントを投稿しよう!