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5.大根葉は船の帆です
クイズ番組を見終えて、座布団に寝っ転がった僕は腹を括っておりました。
言い渡されたことを、完膚なきまでに遂行してやろうと、弾みだした未来の空気入れを口に咥えて、タバコの煙も真っ青な、空を一服吸いつけて。
「やってやろう」
と、目を閉じました。
大根を仕入れないと。
置く店で買う? ちょんぼだ。
後輩の山下君が庭で菜園をやってる。大根も貰ったことがあった。
電話をしよう。
一本、分けてくれないか。
いいですよ、と、彼は言うだろう。
そのやさしさに、負けてはいけない。使命を漏らした者の成れの果ては、エレベーターの血文字で教わったじゃないか。
持って帰るのに葉っぱ邪魔じゃないですか?
ううん。
いいんだ。
僕が定めた八百屋はね、大根の葉もうっそうとしているんだよ。ありがとう。泣かないでいるのに、滲む。
大丈夫だ。また会える。月曜日に職場でね。
抜きたての大根をスポーツ新聞でくるんでくれる。
エロ記事は避けときました、味移りそうでしょう。
君は気が利く、利かせなくていいところにまで。
でも、大根はバットに嫉妬するかもしれないことには気が利かない。もう。
僕はうちのシンクで大根を洗った。
白い、上部四分の一ほどが薄く緑色をしている。
ひげが折れてしまわないように、タオルで拭くと、買い物鞄に横たえて、置いた。立派なサイズの大根で、鞄の中で斜めにつっかえ、大根葉が往来を覗いていた。
このように動けばいい。
そして、あ!!
シールだ。
くそう。
あの八百屋は野菜に紫のシールを巻き付けている。店の名前が書かれたやつだ。
あのシールをどうしよう。
マジックで描く?
だから、大根を買ってくればいい?
他の野菜でもいいじゃないか?
それは、違う気がする。
男が言いもしなかったルールに、自分で縛られている。
大根を置いて逃げろと言った。
シールを巻いた大根ではない。
やぁれやれ。
想像で死ぬ。
お客さん!! 困ります。仕入れてない大根商ったら罰せられちまうよ。
ジ、エンド。母音の前の定冠詞、ざーざー、雨、じーじー、蝉。蝉は英語で母音から始まらないのに。
ドラゴンはDから始まらないんだっけ。
日本人なら河童で十分、ドラゴンさんには帰ってもらいなさい。
大根葉っていいよなぁ。と、僕の想像力は逃げ出す。大根を置きもしないで、何処へ逃げるのか。決まっている。僕の逃避先はいつだって、安全に済んじまった思い出なんだ。
おんなじ映画を観続けるように、僕の思い出はロングラン。
「きゅうりって火通しても旨いもんだね」
「でしょう」
「大根葉も、歯ごたえがいい」
「でしょう」
母さんの料理にバリエーションがつくのは、生け花教室の定例懇談会のあった日だった。
「いいの教わってきたね、また作ってよ」
「うん」
大根と、きゅうりと豚肉、それに、大根葉を砂糖と醤油で炒めたおかず。
お総菜屋には売ってない。
「なんか、泣きそう」
「催涙剤が分泌されるようになるんだよ、歳経たお母ちゃんの掌は」
「違うよ、このオリジナルふりかけだよ」
「菜箸もお母ちゃんの掌の一部です」
「SFアニメ観た?」
「いいえ、あぁドラえもんなら」
「へへ」
「あはは」
この戦いに勝ったなら、首をかっ切られなかったなら、母さんに電話をしよう。
あのふりかけはどうやって作るの?
母さんは言うだろう。
じゃこと、大根葉だけは必須です。船の帆です。
母さん川柳趣味で始めてからダジャレが多くなったからな。
大根葉は船の帆です。か、泣きそうだぜ。
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