5.大根葉は船の帆です

1/1
前へ
/7ページ
次へ

5.大根葉は船の帆です

 クイズ番組を見終えて、座布団に寝っ転がった僕は腹を括っておりました。 言い渡されたことを、完膚なきまでに遂行してやろうと、弾みだした未来の空気入れを口に咥えて、タバコの煙も真っ青な、空を一服吸いつけて。 「やってやろう」  と、目を閉じました。  大根を仕入れないと。  置く店で買う? ちょんぼだ。  後輩の山下君が庭で菜園をやってる。大根も貰ったことがあった。  電話をしよう。  一本、分けてくれないか。  いいですよ、と、彼は言うだろう。  そのやさしさに、負けてはいけない。使命を漏らした者の成れの果ては、エレベーターの血文字で教わったじゃないか。  持って帰るのに葉っぱ邪魔じゃないですか?  ううん。  いいんだ。  僕が定めた八百屋はね、大根の葉もうっそうとしているんだよ。ありがとう。泣かないでいるのに、滲む。  大丈夫だ。また会える。月曜日に職場でね。  抜きたての大根をスポーツ新聞でくるんでくれる。  エロ記事は避けときました、味移りそうでしょう。  君は気が利く、利かせなくていいところにまで。  でも、大根はバットに嫉妬するかもしれないことには気が利かない。もう。  僕はうちのシンクで大根を洗った。  白い、上部四分の一ほどが薄く緑色をしている。  ひげが折れてしまわないように、タオルで拭くと、買い物鞄に横たえて、置いた。立派なサイズの大根で、鞄の中で斜めにつっかえ、大根葉が往来を覗いていた。  このように動けばいい。  そして、あ!!  シールだ。  くそう。  あの八百屋は野菜に紫のシールを巻き付けている。店の名前が書かれたやつだ。  あのシールをどうしよう。  マジックで描く?  だから、大根を買ってくればいい?  他の野菜でもいいじゃないか?  それは、違う気がする。  男が言いもしなかったルールに、自分で縛られている。  大根を置いて逃げろと言った。  シールを巻いた大根ではない。  やぁれやれ。  想像で死ぬ。  お客さん!! 困ります。仕入れてない大根商ったら罰せられちまうよ。  ジ、エンド。母音の前の定冠詞、ざーざー、雨、じーじー、蝉。蝉は英語で母音から始まらないのに。  ドラゴンはDから始まらないんだっけ。  日本人なら河童で十分、ドラゴンさんには帰ってもらいなさい。  大根葉っていいよなぁ。と、僕の想像力は逃げ出す。大根を置きもしないで、何処へ逃げるのか。決まっている。僕の逃避先はいつだって、安全に済んじまった思い出なんだ。  おんなじ映画を観続けるように、僕の思い出はロングラン。 「きゅうりって火通しても旨いもんだね」 「でしょう」 「大根葉も、歯ごたえがいい」 「でしょう」  母さんの料理にバリエーションがつくのは、生け花教室の定例懇談会のあった日だった。 「いいの教わってきたね、また作ってよ」 「うん」  大根と、きゅうりと豚肉、それに、大根葉を砂糖と醤油で炒めたおかず。  お総菜屋には売ってない。 「なんか、泣きそう」 「催涙剤が分泌されるようになるんだよ、歳経たお母ちゃんの掌は」 「違うよ、このオリジナルふりかけだよ」 「菜箸もお母ちゃんの掌の一部です」 「SFアニメ観た?」 「いいえ、あぁドラえもんなら」 「へへ」 「あはは」  この戦いに勝ったなら、首をかっ切られなかったなら、母さんに電話をしよう。  あのふりかけはどうやって作るの?  母さんは言うだろう。  じゃこと、大根葉だけは必須です。船の帆です。  母さん川柳趣味で始めてからダジャレが多くなったからな。  大根葉は船の帆です。か、泣きそうだぜ。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加