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【1日目】
残金1000円。
これが俺の全財産だ。入った先々の会社は倒産し、貯金は満足にできない。なけなしの金で一攫千金を狙うも、俺にはもはやツキすらなかったようだ。
今や、帰る家さえない。高架線の下で、みすぼらしい老人たちと一緒に夜を明かす日々だった。
「こうなったら、もうやることは一つしかない」
強盗だ。
しかし、コンビニなど店は狙えない。人が常時いる場所では、リスクが高く思われる。強盗をやるにしても、捕まりたくはない。
狙うは、防犯意識の低い賃貸アパートだ。リターンは少ないが、リスクは低いだろう。ノーリスク・ノーリターンということだ。
さらに狙うなら、サラリーマンが良い。毎日の行動パターンが一貫しているから、狙う時間を定めやすいからだ。
本日は土曜日。明後日から目標を探し、行動パターンを熟知して、7日後のフライデイ、目標のいない間に金目のものを奪う。そうしよう。
俺はコンビニで110円のおにぎりを買い、本日最初で最後の飯を食べた。残りの金、890円。
【2日目】
日曜日。作戦開始は明日だから、本日一日は寝て過ごそう。夜を共に明かしているホームレスの老いぼれどもは、朝早くからどこかへ出かけたようだ。何をしていることやら。
俺はコンビニに向かい、またも110円の握り飯を買う。残り、780円。
【3日目】
朝6時。さあ、行動開始だ。
狙うリーマンが住んでいるであろうアパートを探す。ここでいいだろう。俺は、そこに留まる。まずは、家を出る時間を知らなくてはならない。
7時45分。リーマンが家から出てくる。この時間か。まあ明日の様子を見ないとなんとも言えないけどな。あとは一日張り、帰りの時間が分かれば問題ない。いや、もしかしたら昼間に家に戻るタイプのリーマンかもしれない。いずれにせよ、ここに留まることには変わりない。俺はリーマンの家が見張れる公園のベンチに座り込んだ。
運のいいことに、リーマンは昼には帰ってこないタイプだった。俺はそのまま夕方まで見張り、リーマンが帰ってくるのが7時ということを確認した。
7時45分に家を出て、7時に戻る。また明日も見張って、確実性を高めていこう。
俺は少し舞い上がり、コンビニで110円のおにぎりと、165円の缶チューハイを買った。この生活もあと数日で終わる。いや、終わらせるんだ。
手元に残った500円玉1枚と5円玉1枚を握りしめ、心に誓った。
【4日目】
昨日と同じように、朝6時に起き、目当てのリーマンのアパートに張り込んだ。さあ、今日も同じ時間に出てこい。
ビンゴ!昨日と同じ7時45分に出てきた。スーツを着て、ビジネスバッグを右手にぶら提げている。
リーマンが自分の目の見える範囲から出ていくと、俺はアパートの周辺を見回った。そこで、俺はあることに気付いた。
窓が、開いていた。
このご時世、不用心すぎる。
今実行すべきか。いや、まだほかの仕掛けが出来ていない。もし犯行中に誰かに見られたらどうする。もっと慎重にやらなければ。なんとためにローリスク・ローリターンを狙っていると思っているんだ。
今日はほかの住民を観察する必要がある。そして、住民の目が外に向かない時間を見定めて、犯行時刻を決める。
俺はストックしていた宛名のないチラシをアパートのポストにそれぞれ入れていく。アパートは2階建ての全4部屋。うち一つはリーマンの部屋だから、残り3部屋。ポストに半分だけチラシを入れ、それが引っ込むタイミングを見張る。昨日はリーマン以外の部屋は音沙汰がなかった。もしかしたら、人が住んでいない可能性もある。
30分おきに狙いのアパートの前を通るように散歩コースを設定した。これは、昨日感じたことからの反省だった。一日中公園にいると、公園に遊びに来る主婦に怪しまれるからだ。いや、俺以外にもホームレスはいたが、等しく全員が訝しむ目を俺に向けていた。もちろん、訝しんでいるのではなく、蔑んでいたのかもしれないが。どちらにしても、俺はその目に耐えられなかった。
時は流れ、早くも夕方になった。30分ごとに散歩をして気付いたことは、どうやら住民は住んでいないこと、そして近所の人間は午前10時より前には外に出てこないことだった。もちろん、俺がここに来るよりも前に外に出て、俺が見張りを終えた後に帰ってくるタイプの人間かもしれない。それならそれで好都合だ。
俺は、犯行時刻を決めた。
午前9時。
左手で時を刻む安物の腕時計を覗く。公園の時計と比べ、示す時に違いはない。
リーマンが帰宅したのを見届け、俺は夕餉を買いにコンビニまで歩いた。そろそろ空腹も限界を迎えそうだ。今日はおにぎりを2個買い、定位置の高架線で貪った。
【5日目】
ここまでくると、あとは確認作業となる。
本当にリーマンは7時45分に家を出るのか。ほかの住民はいないのか。犯行時刻の午前9時前後に人の気配はないか。そして。
窓の施錠はいつも開いているのか。
一つずつ、確認していく。
リーマンは7時45分に家を出た。
リーマン以外のポストには、チラシが入ったままだった。そのままなのも怪しまれるため、チラシを回収する。
午前9時。近所の住民の気配はない。
そして窓は。開いている。
一通りの確認を終え、俺は定位置に戻り、次は何をどうやって盗むか考えた。
まずは、貯金箱があれば貯金箱だ。男の一人暮らしだ。貯金箱ぐらいあるだろう。次に、ゲームソフトやDVDだ。持ち運びやすいし、金になる。
ひとまずは一週間生き延びれる分頂戴すればいい。そのあとは、またターゲットを変えて盗めばいいのだから。
着々とビジョンが見えてくる。俺は胸の高鳴りを抑えるため、今日の飯を買いに行く。残金285円。明後日にはそこそこお金が戻るから、今日は豪遊してしまおうか。
とは言っても、285円で帰るものなんて高が知れている。いつも通りに、コンビニに行くだけだ――。
呑気に考えていたから、俺は後ろから物凄い速さでやってくる自転車に気付けなかった。
「あぶねえだろ!邪魔だ!」
自転車の搭乗者から、怒号が聞こえた。怒りたいのは、こちらの方だ。
すんでのところで躱したものの、俺は驚きのあまり、その手から全財産を放してしまった。
そのうえ、ついていないことに、同業者にその全財産を奪われてしまった。
なんということだ。
当日まで、空腹のまますごさなければならない。
唸る腹に拳を押し込み、空腹に耐える。
俺を哀れに思うホームレスは、水をくれた。
その水で、俺は飢えを凌いだ。
【6日目】
明日の盗みまで、体力を維持するために、トゥデイは大人しくする。
早く、明日になれ。
【7日目】
いよいよだ。
ドキドキと脈が打たれ、腹の虫は静かになる。
目標の家の前まで歩を進め、窓に注視する。
開いている。
さあ、いよいよ、俺は初めての盗みをする――。
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