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「や、なんだ。お前」
取引で得た金をもって友人たちのもとに行くと、おどろきをもって迎えられた。
エヌ氏の体は機械まみれ。肌の質感は革製品のようだし、目はガラス玉のよう。ひと目で人間ではないとわかってしまう。部屋にいた友人たちが奇異の目を向けるのも当然だ。
「いや、ちょっと事情があってね」
声帯も変えたため、まるで機械がアナウンスしているみたいだ。部屋が沈黙に包まれる。
「どうしたんだ、みんな。いまの時代機械の体なんてありふれたものだろう。それよりもはやくはじめようじゃないか。さあ、今日はいくら賭けようか」
エヌ氏が席について、友人たちを促す。だが、だれもエヌ氏の呼びかけに対して動こうとしない。
「どうしたんだ。見た目が変わったからおどろいているのか。なら、心配ない。中身はなにも変わっていない。安心してくれ」
エヌ氏が腹話術師の人形のようにおどけてみせる。それでも友人たちの目線は険しい。彼らは、なにやら小声で話し合っている。
「どうしたんだ、みんな。勝負をはじめよう。ちゃんと金も持っている。それに今日はなんだか勝てる気がするんだ」
エヌ氏が友人へ語りかける。ただ、その声が友人たちに届いている様子はない。そんなに外見が変化したことが衝撃なのだろうか。エヌ氏はいまさら不安に思った。
しかし、友人たちの懸念は別のところにあったらしい。
「お前、冗談だろ」
ようやく、友人のひとりが話しかけてきた。
「冗談ってなにが」
「そこまでして勝とうと思っていたのか」
「だから、なにが」
「ロボットと勝負したら、そっちが勝つに決まっているだろう。おもしろくもなんともない」
とんでもない誤解を受けていることに、いまになって気がついた。友人たちが気にしていたのはエヌ氏の見た目ではない。頭までロボットになったのかと思われているらしい。
「や、ちがうんだ。見た目は機械だが、中身は人間だ。ちゃんと負けもする」
「信用できるか。その頭には高性能の機械が詰まっているんだろう」
「そんなわけがない」
エヌ氏は丁寧に説明したが、受け入れられることはなかった。ビルから追い出され、二度と来るなと言いつけられてしまう。
「なんてことだ」
ここまでして金を手に入れたのに、肝心のギャンブルができないとは。生きがいをなくして、これからどう生きていけばいいのだ。
「お困りのようですね」
例のセールスマンだった。
「あなた、わたしの体を返してください」
「お金がいりますよ。生身の体は人気なのです。あなたに支払えますか」
エヌ氏にそんな大金があるはずもない。愕然とした。泣きたい気分だが、ガラス玉の目から涙は出ない。
「いっそのこと脳も売ってしまえばいかがです。脳を変えれば思考も変わります。ギャンブルから抜け出せるかもしれません。気分一新、健全な趣味を楽しめばいいじゃないですか」
「そんなこと――」
できるわけがないと言いかけて、エヌ氏は黙った。
どうせ、もうギャンブルはできないのだ。かといって自分の体を取り戻す金もない。はたしてこのまま生きている意味などあるのだろうか。そもそもこんな体で生きていると言えるのだろうか。それなら最後に残っている脳を機械に変えて、ロボットとして生まれ変わったほうがよいのではないか。
「すこし考えさせてください」
「ええ、どうぞ、どうぞ」
唯一人間として残っているエヌ氏の脳が、この問題に答えを出してくれることを祈るしかない。
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