なれの果て

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なれの果て

「また負けた」  エヌ氏が仲間に約束の賭け金を支払う。 「きみは今日も弱いな」 「なんでだろう。まあ、しかし、楽しいからいいさ」  エヌ氏は無類のギャンブル好きであった。それも運まかせのくじやルーレットではなく、頭を使うギャンブルが大好物なのだ。いまも友人数人とビルの一室に集まり、トランプのゲームで賭けをしている。 「こんどはいくら賭けようか」 「さっきと同じ額でいいだろう」 「つぎは負けないぞ」  エヌ氏が意気込む。しかし、好きなのとうまいのはちがうのだ。エヌ氏の場合、何度やっても上達しない。才能がないのか、努力が足りないのか。  ともかく、今夜もエヌ氏は仲間に負けつづけた。 「まいったな」 「どうした」 「賭ける金がなくなってしまった」 「それじゃあ、お前はもう終わりだな。金がないのでは話にならない」  ギャンブルというのは金を賭けてこそギャンブルなのだ。金がなければただの遊びにすぎない。  エヌ氏はしかたなく帰ることにした。他人がゲームを楽しんでいるのを、黙ってみているのは我慢ならないのだ。とぼとぼとビルをあとにする。財布をのぞいてみるが、小銭が数枚入っているだけだった。賭けごとにすべて使ってしまったのである。  こういう場合、明日からどう生活しようかなどと考えるものなのだが、エヌ氏はちがった。 「はあ、これでは明日からギャンブルに参加できないぞ。まったく困ったことになった」  この世の終わりみたいな顔で天を仰ぐ。  生きがいをなくし、ふらふらと夜の街を歩いていると、 「お金にお困りのようですね」  エヌ氏に声をかけてくるものがいた。スーツを着た礼儀正しい男である。まるで昼間の会社員のようだ。 「なんですか、こんな夜中に。ずいぶん元気なことで」 「商売ですからね。第一印象は大切なのです」 「はあ」 「それよりもお金にお困りの方によい方法がありますよ」 「いったいどんな方法なのです。あ、借金は困りますよ。利息の分、賭けごとに回す金が減ってしまいますから」  エヌ氏なりの金銭感覚。一般人とはかけ離れているのだ。なにを置いてもギャンブルを一番に考えている。 「ご安心ください。そのようなありふれた提案ではありません」 「では、なんだというのです」 「臓器を売るのです」  男が笑った。おすすめの商品を紹介するようなさわやかな笑顔だった。 「はあ、それはいくらくらいになるのです。あ、いや、その前に臓器がなくなって体は大丈夫なのですか」 「少々誤解なされているようですね。臓器を売り飛ばすだけでは、ただの低俗な商売になってしまいます。わたくしどもはお客さまから生身の臓器を買い取り、代わりに人工の臓器を販売する商売をしているのです」 「つまり、交換するというわけですか」 「ええ、あなたも人工の臓器が出回っているのはご存知でしょう」 「まあ、聞いたことはあります」  科学の進歩はすごい。いまや機械の臓器が流通している時代なのだ。それはおもに重病人や重傷者の治療に使われている。機能は問題ないし、見た目も生身の人間と変わらない。 「しかし、機械の臓器は高いのではないですか。得になるのかどうか」 「そこはご安心ください。やはり人間、機械よりも生身の体を欲しているのです。治療でやむを得ないとはいえ、一回人工の臓器を入れられてしまうと、生身の臓器がいいと思っても戻れません。なにせ機械は正確ですからね。故障などしないのです」 「ははあ、変えたくても変える理由がないということですか」 「そういうことでございます。わたくしどもはそういう望みを持った顧客を抱えているのです。そんなお客さまは生身の臓器を高く買ってくださいます。また、機械の臓器はそのお客さまが利用していたもの、いわば中古品になりますのでお安くおゆずりすることができるのです」 「なるほど、おたがいの利害が一致するわけだ」 「どうです。試しに臓器のひとつ売ってみませんか。ちなみにこれくらいの金額になります」  男が提示した金額はかなりのものだった。これならしばらくギャンブルに熱中できそうだ。まじめに働くよりずっといい。  エヌ氏はすぐに承諾した。 「ありがとうございます。商談成立ですね。では、取引の日時が決まりましたら連絡いたします」 「はあ」  やけにあっけなく決まったものだ。もっとも人工の臓器が流通する現在では、臓器の売買など気軽にできるものなのかもしれない。 「よい生活を」  そう言って男は夜の街へ消えていった。
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