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「全然勝てないものだ」
エヌ氏が不思議そうな顔で言う。相変わらずエヌ氏は友人たちとギャンブルにいそしんでいた。例のビルに集まり、そして、変わらずに負けつづけている。
いまや、体内は機械まみれだが、賭けごとをするよろこびは以前と同じだ。ひと勝負終えるごとに、全身に染み渡るような快感が得られる。なにごとにも代えられない至高の時間だ。
「お前は、なんとかして勝とうと思わないのか」
「思っているさ。うまくいかないだけだ」
「お前は悪魔とでも取引しないと勝てないんじゃないか」
友人が冗談を飛ばす。
「そんなわけないだろう。勝ってみせるさ。だいたい悪魔など、どこを探しても見つからない」
「まあ、そうだな。しかし、万が一おれが悪魔に会ったら、勝負ごとに全部勝てるよう願っておこう。お前らの金、全部いただきだ」
「お前、そんなことしたら出入り禁止だぞ。いかさまだ」
「冗談だって」
くだらないことで騒ぐ。陽気な笑い声があがる。この時間のためにエヌ氏は生きているようなものだ。
「そういえば、前に機械がどうのこうの言っていたな」
「ああ、それがどうした」
エヌ氏が一瞬どきっとする。別にばれても非難されるようなことではない。しかし、なんとなく黙っておきたいものなのだ。
友人はエヌ氏の心配をよそに、いたって普通の調子で話し出す。
「このあいだ、全身の皮膚が機械の女性を見た」
「ほう、それはめずらしい」
別の友人が興味を見せる。
「体のなかにひとつやふたつ、人工の臓器が入っているやつはかなりいるだろうが、目に見える場所となると滅多にお目にかかれない」
そういうものなのか、とエヌ氏は友人たちの話を聞いている。
「やっぱり人間とはちがう」
「へえ、どこらへんが」
「なんというかアンドロイドっぽいんだ。人間に似てはいるんだが、ちがうんだ」
「ほう、そういうものか」
「ああ」
「それで、美人だったか」
友人が本題からずれたことを聞く。もっともこの場所はこういう雰囲気なのだ。話題がすこしそれたことでエヌ氏はなぜかほっとする。
「美人かどうかなんて、関係ないだろう」
「でも、中身は人間なんだろう。だったら関係あるさ」
「わからないぞ。なかまで機械かもしれない」
「外もなかも機械だったら、もう人間じゃないだろう」
大きな笑い声が起こる。
「あ、また負けた」
話に気をとられていたためか、あっけなくエヌ氏の負けが決まる。
「またか。全然強くならないな。頭を改造してもらったほうがいいんじゃないのか。強くなるぞ」
「そりゃいい。機械なら百戦百勝だ」
「冗談じゃない。そんなことでギャンブルが楽しいわけないだろう」
エヌ氏と友人はギャンブルに没頭し、夜は更けていく。
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