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またしばらくのときが経った。
月がささやかに街を照らしている。その街をエヌ氏が力ない足どりで歩いていた。またも金が尽きたのである。こうなるとわかってはいても、好きなものはやめられないのだ。
「おやおや、お困りのようで」
声をかけてきたのはおなじみの男だった。この街がこの男のなわばりなのだろうか。たとえそうだとしても、ちがったとしても、エヌ氏にとってはどうでもいいことだった。
「また会いましたね。どうです調子のほうは」
「いや、さっぱり」
エヌ氏はそう言ってから、ギャンブルの勝ち負けを聞かれているのではないと気がついた。
「ああ、体のほうですか。大丈夫です」
「それはけっこうなことです。それで今回はいかがいたします」
男がすぐに本題へ入った。もう勝手知ったる仲ということなのだろう。
「あなたの場合、もう売れるものはさほど残っていませんが」
「そこをなんとかできませんか」
エヌ氏には金が必要なのだ。売れるならなんでも売りますと頼み込む。男は値踏みするような目つきでエヌ氏を眺めた。
「前も言ったとおり、売るとなれば脳か外見にかかわるところになります。それぞれデメリットがあります」
「わかっています」
「そうですか。お客さまの希望とあればわたくしどもは取引させていただきます。よいのですね」
「かまいません」
エヌ氏はすぐに了解した。どうせ選ぶ余地などない。ギャンブルをすることがなによりも大事なのだ。
「脳だけ残して全部機械にしてください」
「かしこまりました。では、例のごとく日取りが決まり次第ご連絡いたします」
男が礼儀正しくお辞儀をした。まるで人間としてのエヌ氏に別れを告げるようであった。
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