なれの果て

6/6
前へ
/6ページ
次へ
「や、なんだ。お前」  取引で得た金をもって友人たちのもとに行くと、おどろきをもって迎えられた。  エヌ氏の体は機械まみれ。肌の質感は革製品のようだし、目はガラス玉のよう。ひと目で人間ではないとわかってしまう。部屋にいた友人たちが奇異の目を向けるのも当然だ。 「いや、ちょっと事情があってね」  声帯も変えたため、まるで機械がアナウンスしているみたいだ。部屋が沈黙に包まれる。 「どうしたんだ、みんな。いまの時代機械の体なんてありふれたものだろう。それよりもはやくはじめようじゃないか。さあ、今日はいくら賭けようか」  エヌ氏が席について、友人たちを促す。だが、だれもエヌ氏の呼びかけに対して動こうとしない。 「どうしたんだ。見た目が変わったからおどろいているのか。なら、心配ない。中身はなにも変わっていない。安心してくれ」  エヌ氏が腹話術師の人形のようにおどけてみせる。それでも友人たちの目線は険しい。彼らは、なにやら小声で話し合っている。 「どうしたんだ、みんな。勝負をはじめよう。ちゃんと金も持っている。それに今日はなんだか勝てる気がするんだ」  エヌ氏が友人へ語りかける。ただ、その声が友人たちに届いている様子はない。そんなに外見が変化したことが衝撃なのだろうか。エヌ氏はいまさら不安に思った。  しかし、友人たちの懸念は別のところにあったらしい。 「お前、冗談だろ」  ようやく、友人のひとりが話しかけてきた。 「冗談ってなにが」 「そこまでして勝とうと思っていたのか」 「だから、なにが」 「ロボットと勝負したら、そっちが勝つに決まっているだろう。おもしろくもなんともない」  とんでもない誤解を受けていることに、いまになって気がついた。友人たちが気にしていたのはエヌ氏の見た目ではない。頭までロボットになったのかと思われているらしい。 「や、ちがうんだ。見た目は機械だが、中身は人間だ。ちゃんと負けもする」 「信用できるか。その頭には高性能の機械が詰まっているんだろう」 「そんなわけがない」  エヌ氏は丁寧に説明したが、受け入れられることはなかった。ビルから追い出され、二度と来るなと言いつけられてしまう。 「なんてことだ」  ここまでして金を手に入れたのに、肝心のギャンブルができないとは。生きがいをなくして、これからどう生きていけばいいのだ。 「お困りのようですね」  例のセールスマンだった。 「あなた、わたしの体を返してください」 「お金がいりますよ。生身の体は人気なのです。あなたに支払えますか」  エヌ氏にそんな大金があるはずもない。愕然とした。泣きたい気分だが、ガラス玉の目から涙は出ない。 「いっそのこと脳も売ってしまえばいかがです。脳を変えれば思考も変わります。ギャンブルから抜け出せるかもしれません。気分一新、健全な趣味を楽しめばいいじゃないですか」 「そんなこと――」  できるわけがないと言いかけて、エヌ氏は黙った。  どうせ、もうギャンブルはできないのだ。かといって自分の体を取り戻す金もない。はたしてこのまま生きている意味などあるのだろうか。そもそもこんな体で生きていると言えるのだろうか。それなら最後に残っている脳を機械に変えて、ロボットとして生まれ変わったほうがよいのではないか。 「すこし考えさせてください」 「ええ、どうぞ、どうぞ」  唯一人間として残っているエヌ氏の脳が、この問題に答えを出してくれることを祈るしかない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加