兵どもが夢の跡

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 隊長が皆の顔を見回して言った。 「いよいよ最後の決戦だ」  知らず知らずに皆の顔が引き締まる。 「厳しい戦いになるだろう。俺から言えることは一つ」  そうして隊長は立ち上がり、告げた。 「死ぬなよ」 「はいっ!」  全員揃って敬礼した。 「全員、状況を報告しろっ」 戦地で隊長が叫ぶ。 「期間中の天気、イベント入手しました! 基本事項の日記への転記にうつります!」 「頼むっ! 個別的なイベントについては各自のメモを確認するようにくれぐれも、各々の祖父母の居住地を間違えるな!」 「祐介の」 「違う、二等兵!」 「失礼しました! 祐介二等兵のコミケで二冊しか売れなかったオタクだけど小学生視点では絵がうまい姉上のパシリになることで手に入れた貯金箱及び海のイラストの原型、及びそのバリエーションに基づく作成は順調です! 貯金箱は紙粘土乾燥段階に入りました」 「よしっ! 対価にかんしては渋るな! 作戦の遂行こそが第一だ!」 「はいっ!」 「隊長! 夏休みの友ですが」 「どうしたっ!」 「やはり強敵です。作戦通り、答えを見ながら各々の特性に合わせてそれっぽ く間違えながら字体を変えていますが、なにぶん分量が多過ぎます! 応援、 願います!」 「なにっ! ......しかし、俺の読書感想文も、ネット上にあげられているもの を写すだけとは言え、全員分となると分量が多いし......。自由研究班!」 「無理っす! ようやく全員分のネタだしが終わったところです」 「そうか......。ちなみに、俺は何に」 「隊長は、氷の中にいれて一番美味しい飴はどれか、です」 「......なんだ、そのテーマは」 「一押しは金柑のど飴ってことにしておきました」 「ええい、まあいい。内容はともかく、終わっていることが肝心なのだ!」 「終わらせますよ、全員分の自由研究。見事に被らないテーマにしましたからねっ! それはそれとして模造紙足りないっす、買って来ます」 「ああ、頼む。他に救援物資が必要な班あるか」 「貯金箱&海の絵班、絵の具が欲しいです!」 「腹減ったー」 「空腹は耐えろ! 甘えるな!」 「たいちょー、結局応援は無理ですかー?」 「夏休みの友班っ! ううむ、手があくまでもちこたえてくれ! 手があい たものは順次、他の班を手伝うように!」 「はいっ!」 「もー、何やってんのよあんた達」  戦場に現れたのは衛生兵だった。 「だからちゃんと計画的にやりなさいってお母さん言ったでしょう。なのに竜之介ったら毎日毎日遊んでー。結局、八月も終わりになって慌てるなんて。もう三年生なんだからいい加減学習しなさいよね」  目の前に置かれるカルピス。救援物資だ。ありがたい。全員一斉にグラスに 手を伸ばす。 「大体完成させればいいってものじゃないのよ。一人一人ちゃんと自分の分やってるわよね? 真剣に」 「やってるってば!」 「皆で分業したり答え見たりしてないわよね?」 「してないってば!」   隊長が声を荒らげる。 「あのね、本当ただやればいいってものじゃなくて。それをいうならば夏休みの終わりに慌ててやるのもね」 「もう! わかったってば! いいから母さんはでてってよっ!」  隊長が怒鳴ると、衛生兵の体を押して外へ出す。 「ちゃんとやりなさいよー」  残った声が戦場の空気を変えた。 「......竜之介、元気だせ」 「隊長だってば!」 「カルピスうまー」  空気がだらけた。  手元の日記帳を見る。全員分、埋められるのかな、これ。  弱気が心を支配する。 「な、なんだよ!」  隊長が慌てたように、一人一人の顔を見る。 「皆、しっかりしろ! 新学期早々、中村大将に怒られて、軍法会議にかけられて、居残りトイレ掃除当番二週間の刑に処せられてもいいのかよ! 昼休み返上で宿題やらされてもいいのかよ!」  さすが、隊長だ。  その言葉に皆、顔をあげる。  そうだ、落ち込んでいる場合じゃない。昼休みが潰されて、何が学校生活だ。そんなの、地獄だ。 「隊長! 申し訳ありませんでいた! 二宮軍曹、日記書きに戻ります!」 「同じく! 宮山二等兵も夏休みの友は、強敵とかいてトモと読みます!」  皆の心が一つになる。 「ああ、頼んだぞ、皆」  隊長の目元が光る。 「皆で生きて戻ろう。小学校に」  皆の心が一つになり、手はペンに伸び、 「あー、悪いんですけど」  それは声に遮られた。 「なんだ、桜井一等兵」 「気づいちゃったんですけど」  彼は少し、間を置くと、 「朝顔の観察、俺等忘れてます」  夏休み宿題一覧、と書かれたプリントをふりながら彼は答えた。 「なんだってぇぇ!!」  隊長の悲鳴。 「俺の朝顔、夏休み三日目で枯れた!」 「俺だって似たようなもんだ!」 「もう皆の朝顔枯れたってことでよくないっすか?」 「ばかか! それじゃあ中村先生にばれんだろ」 「あ! 聡、宿題全部終わったって言ってた!  見せてもらおう!」 「あんな裏切り者頼るな! 一人で八月頭に終わらせやがって」 「じゃあ、どうすんだよ!」 「インターネットだインターネット!」  デッドリミットまであと52時間。進行率は24%。
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