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大学のクラスメイトの結婚式に呼ばれたのは今年で三回目だった。
あれから五年。二十六――この歳になると結婚ラッシュが続く。式が終わり、会場を後にする私を呼び止めたのはリオだった。ミント色のオールインワンに身をまとったリオは、相変わらず華やかな出で立ちで、シルバーのパンプスが煌めきよく似合っている。私たちは近くのカフェに入った。
「こうやって一緒に話すのは、まさか、五年ぶりかな」
私はあいまいに頷く。きっと、リオが階段から落ちたあの日から言葉を交わさなくなって、それ以来だ――。
少しの沈黙の後、ようやく絞り出した私の言葉に、リオの声が重なる。
「ごめんなさ……」
「ごめんなさい……!」
二人で顔を見合わせる。
「え?」
「え?」
「アズは何に対してのごめん?」
「何にって……三谷さんのこと。私リオが好きなこと知ってたのに……」
リオは一瞬はっとした顔をして、すぐに向き直ると言った。
「そんなの、謝るのは私だよ。最初にいじわるしたのは、私の方だもん」
「え?」
「……知ってたんだ。アズがきっと春男くんのこと、好きになるだろうって。ほら個展の日、私酔っぱらってアズの家に泊まらせてもらったでしょう? その時、聞いてたんだ。アズと春男くんの会話を。二人の背中を見ててさ。あー、お似合いだなって思っちゃったの」
全然知らなかった。
「でもアズは絶対言わないでしょう。好きな人ができても。だから確かめようとして、私の初恋の人だって話をしたの。いじわるでしょ、ごめんね。確かに春男くんは、私にとって初恋の人で、ちょっと好きだったけど。でも私は、悔しいけど二人がお似合いだったから、その方がいいなってずっと思ってたよ」
「じゃあ、何であの時いきなり飛び出していったの?」
「それは……若かったっていうか。やっぱりちょっと悔しくて、二人の姿を見たら。それで気持ちが一瞬、少しぐちゃってなって、気が付いたら走ってた。階段から落ちたのは自分のせい」
「リオ……」
「そのことをずっと、あの後アズにどんな風に言ったらいいかわかんなくて、卒業まで嫌な感じでごめん」
そして最後に子供だったね、と付け足してリオはいたずらっぽく笑った。
「実はね、近々入籍するの。式は来年だからさ、アズも絶対に来てね」
カフェラテを飲みながらイチョウ並木を眺める彼女は何だかすごく幸せそうで、これから訪れる新しい生活に胸を躍らせているようだった。
「アズは春男くんと、あれから会ってないの?」
リオのその問いに、私は窓に映る自分の顔を見た。
私だけ、あの日からまだ、前に進んでいないのかもしれない。
五年前のこと――記憶のない今の彼が覚えていないのなら、思い出さない方が良いのかもしれない。私と出会っていたことも全部。そう思っていたけど、そんなのは自分勝手だった。
リオと別れた帰途、この前うちを訪ねてきた時の三谷の言葉を思い出していた。
――あの坂を登ってこのあたりに来たら、すごく懐かしい感じがして、どうしてもここに来ないと行けない気がしたんだ。
確か、まだ遠野美大で働いていると言っていた。私の足は自然と美大行きのバスの停留所へ向かっていた。
急ぎバスに乗り込むと「ドアを閉めまーす」という運転手さんの声にかぶせるように「すみません、乗ります」と男が駆け込んできた。
三谷だった。
私の姿を見つけると彼が何か言おうとしたのがわかったが、思わず目をそらす。
十分くらい走ると乗客は二人だけになった。
反対側の窓側の席に座った彼。窓を流れる褪せた橙とからし色をの木々たち――ガラス越しに入り込む、筆の先で白い絵の具をちょこんと落としたような小さな光の先に、三谷がいる。
そして言った。
「この歌、なんていう歌だか、知ってますか?」
口ずさむ彼に、驚いて私が何も言えずにいると、
「あの日も、こんな良く晴れた秋の午後だったね」
と続ける。
そっか、思い出したんだ――あの秋の日々のことを。
「やっぱり、秋はキャラメルに似ている」
私のその言葉に、顔を見合わせて微笑む。
もう一度出会った私たちは、いつまでも、柔らかな秋の中にいた。
《了》
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