秋の記憶

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 それから、リオと輝くん、三谷の四人でよく集まるようになった。外へ飲みにいくこともあれば、一番駅から近い私の家に集まってごはんを作ることもあった。土曜日、四時頃からうちで鍋をすることになっていて、三時に買い出しへ行く予定だった。  ショートブーツを履いて玄関の扉を開けると、お菓子の紙袋とスーパーの袋を持って三谷が立っていた。 「行きがけに、もう買ってきちゃった」 「え、あ、ありがとうございます」  袋を受け取り、あと二十分くらいでリオが来るので、と言いながら招き入れると「お邪魔しまーす」と間延びした声を出す。買ってきた食材を野菜室へ入れていると「もう白菜とか切っちゃおうか」と腕をまくった三谷がキッチンに立つ。そして包丁を取り出し、未使用感たっぷりのサビ付きのないそれを取り出してつぶやく。 「ずいぶん、新しいね」  私は答える。 「……使わないから、包丁」  ――なんで? 料理しないの?  次に来る質問はきっとこれだ。  料理をしないわけではない。料理はする。でも包丁は使わない、使えない。だから鋏を使う。  そう言うと大抵の男はみんな引く。  私は元彼の言葉を思い出していた。 「お前それ、異常だぞ」  鋏でしか野菜を切ったことのない私は、どこかやはり欠落しているのだろうか。  小学生のとき、父は若い女と浮気した。きっと今の私より、ちょっと上くらいの歳の女と。  十月、家族三人で葉の色づく山梨のキャンプ場へ。何もかも優しい色で染めてしまう森の中で私は母と並んでカレー用のニンジンを切っていた。  しばらくすると知らない女が走ってきて、何やらわめき散らし、私が使っていた包丁を取り上げると女は突然、父の腹部を刺したのだ。  父の傷はすっかり治り今でもゴルフに励んでいる。母は再婚してマレーシアの豪邸で悠々自適の生活。私だけがまだあの時の傷から解放されていないよう――。  私は三谷の反応が怖くて、目を見れなかった。 「そういうの、ある。俺も、スイカとか」 「え、スイカ?」 「俺、スイカって、ちっちゃい時カブトムシが食べるもんだと思ってたから、今も食べれないもん」  ははは、と笑う三谷を見ると何だか力が抜けて、つい私も笑みがこぼれてしまった。 「何か一つできないからって、別に君から何かが欠落するわけじゃないでしょ。君は君だよ」  そうしてキッチンを離れて私をベランダへ呼び込むと 「そうだ、準備する前に先にクッキーを食べよう」  封を開け買ってきたクッキーを一枚差し出す。  公園の方へ視線をやると、まるで空に柔らかい光が泳ぐように、黄に色づいた葉がキラキラと舞うのが見えた。淡く青い空の隙間を埋めるように褐色が映えるこの秋という季節の中、ひとたび口に含むとふわっと広がる甘さは、隣に感じる三谷の体温でさらに増していく。  本当だ――秋はキャラメルに似ている。  私はその時、三谷のことを好きだと思った。  それから四人で家に集まる時はいつも、三谷は少しだけ早くやってきて、煙草をふかしつつベランダから何にもない景色を眺める。そのたった二十分、私も隣に並び甘いクッキーを頬張りながら、キャラメル色に溶けていく秋に二人、身を寄せていた。
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