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「……ここ、いつの間に開いてたんだ? 屋上は立ち入り禁止だって鍵かかってたはずなのに。よく知ってたな」
そう言いながら彼が汀に近寄っていく間にも、汀は驚きから立ち返れないのか、目を丸くして彼を見つめていた。いつになく過剰な反応だった。ただ普段と違うのはそれだけで、それ以外はごくいつも通りに見える。なんだか安心して、彼はそっと胸を撫で下ろした。
そのあたりで気持ちが落ち着いたのか、汀の顔からは驚きの色が消えたが、代わりに眉根を寄せ、苛立っているような素振りで肩にかけていた鞄を漁り始めた。そして汀が引っ張り出したのは筆箱とノートで、乱暴な仕草で何かを書いたと思えば、それを彼の方に見せつけてきた。
『なんで付きまとってくるんですか?』
ノートいっぱいに書かれていた言葉は、汀の表情も相まって、どう捉えようにも疎ましさの表れにしか見えない。それでも、明確な意思を初めて向けられたという事実が、馬鹿みたいに彼の心を跳ねさせた。
そんな浮かれた心が、提示された疑問符への回答を流れるように弾き出す。
――なんでって。
「目が」
咄嗟に口をついて出た言葉に、彼自身が驚いた。苛立ちから訝しげな表情になった汀の様子も目に入らない程度には、自分の言葉に動揺し、それからすぐに、ああそうかと納得に至る。
どうしてこうも汀という男が気にかかるのか、答えはごく簡単だった。
あの色、緑に輝いたあの目の色が忘れられないままでいるのだ。もう一度あの色を見たいと、そう思っているのだ。潤み輝く緑が、脳裏に焼きついたままでいるから。
つまり、結局のところ。
「あんたの目がきれいだったから」
その一言に尽きた。
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