みどりのめのかいぶつ

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 一体何が。どうして。自分に何が起きているのか。  混乱の只中で、首を掻き毟りながら転がる彼の視界の端に、一瞬何か煌めくものが見えた気がした。何を考えるでもなく、反射的にそちらに目を向けて、彼は我が目を疑った。  ――は蛇のようだった。蛇のように長い身体。けれど蛇などよりもずっと太く、長く、大きく、頑強そうな身体は、青銀の輝きを持つ鱗で覆われていた。(みぎわ)を捕らえるかのようにとぐろを巻くそれには、蛇にはありえない銀色の巨大な鰭があり、大きな口には、鋭い牙が所狭しと並んでいる。  そして何より、目が。  緑深く爛々と輝く目が。臓物から肉から骨から、何もかもをぐちゃぐちゃに裂いて潰して掻き混ぜて、彼の何もかもを芥と果てさせる、そんな眼光が、彼の全身に突き刺されている。  緑の輝きは、彼が(みぎわ)に見たそれと似ているのに、それを望むどころか、忌避する心しか湧いてこない。  自分の置かれている状況すら思考から吹き飛ぶような、あまりに(おぞ)ましく、あまりに恐ろしいものが、確かにそこにあった。 「なっ、なんでっ!」  苦しみすら忘我に追いやられていた彼は、その場に響いた音がなんであるのかを把握するのに時間がかかった。  既に霞み始めている意識で、それでも今の声を、(みぎわ)のものであると理解する。  ようやく聞くことができた声は、ごく普通の男のものだった。叫ぶ調子であるというだけで、特に高いことも低いこともない、無難と言うに相応しい声である。  だが不思議と、彼は途方もない恐怖に侵されながらも、その当たり障りのない(みぎわ)の声を、美しいと感じた。  どうしてそれが美しいと思えるのだろうか。そんなことを考える前に、彼は両の耳に衝撃を感じて、そのままぶつりと意識を失った。
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