10人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
次に受けるのは、汀と被っていない講義だ。ふと、自分がその事実を凄く残念に感じていることに気づき、彼は歩きながら思わず苦笑を漏らした。
ここ最近は大学にいないときでも、なんとなく汀について考えてしまうことが多い。先程物好きと指摘された際はむかっ腹が立ったものだが、冷静に考えると確かに物好きなのかもしれない、と彼は思った。
それにしても、と。先ほどの会話を思い返し、彼の脳裏に人混みに埋没しそうな汀の姿が浮かぶ。
先程の噂について、汀自身はどう思うのだろうか。別に噂好きでもなんでもないあの友人の耳に入るくらいだ。幾ら他人と関わらないとはいえ、当事者である汀ならば聞いたことくらいあるかもしれない。
他人に興味がないように、口さがない噂にも興味などないのだろうか。それとも、閉ざしているように見える心の内では、あの男も感情豊かに傷ついて悲しんだりするのだろうか。
そのとき不意に、初めて汀に声をかけた時の、不思議と潤んだ双眸を思い出して、彼の足が止まった。
ざわざわと胸が落ち着かない。訳も判らず、息が上がるような心地がした。それに急かされるように再び動き出した足は、講義室とは違う方向に向かっている。冷静な自分が何をしているんだと怒りの声を上げる一方で、もう一人の自分がのんびりしていないで走れと喚く。頭で考える間すらなく後者の声に従った彼は、いつの間にやら大学内を疾走していた。
最初のコメントを投稿しよう!