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正直、どこに行けば良いという当てはなかった。汀が次のコマの授業を何も取っていないことは知っているが、その間の汀の動向については知る由もない。ただ、恐らく人の多いところではないだろうと彼は思った。となると、候補に挙がるのは、この時間に授業がない講義室か、はたまた外れの方にある自習室か。
自分が把握している限りの該当箇所を頭に浮かべ、彼はまず、一番人がいないだろう場所に向かうことにした。
A棟の屋上へ続く階段。A棟の屋上は解放されておらず、ただのどん詰まりと化しているそこは、窓もなく暗い上に、夏は暑く冬は寒いため、人が近寄るような場所ではない。
息を切らしてそこに辿り着いた彼だったが、その場に目的の男はいなかった。踊り場から見上げる先には、ただ灰色の扉が鎮座しているだけである。
当てが外れたことにがっかりするも、まだ一箇所確認しただけだと気を取り直す。だが、次の場所に向かいかけた彼の耳を、ふと微かな音が掠めた。風が細い隙間を抜ける高い音だ。
窓もないような場所でどこから、と周囲を見回した彼は、そこで気づく。本来施錠されているはずの屋上の扉が、僅かに開いていたのだ。
何かに惹かれるように階段を上りきり、そっと扉に手をかける。期待か不安か、騒がしい心臓の音を聞きながらゆっくり手に力を込めれば、扉は蝶番の軋む音を上げながら、呆気ないほど容易く押し開かれた。
開けた視界の中、明度の差に僅かに痛む目を凝らした彼は、ようやくその姿を見つける。
「みぎわ」
彼が零したその名前は、風に浚われつつも消えることなく届いたらしい。
弾かれたように振り向いた男の顔は、驚愕に彩られていた。
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