12人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
篠突く雨はあまりに重たく、顔も上げられない程だった。
息が苦しい。目の前が見えない。
どうして自分の体を動かしていられるのか分からないまま、もうずっと歩き続けていた。
とっくの昔に放棄されてしまった道なのか、そこかしこに凹凸があった。ごろごろと角張った石も転がっている。
あちこちに、土が混じった濁った水が溜まっていた。
がん、と。
殴りつけるような雷の音が頭上でした。
一瞬雨の音が遠くなり、自分の荒い呼吸音が聞こえた。
「……っ」
何かに足がとられた。
受け身を取る間も無く正面から地面に倒れた。
どちゃ。
泥の中に体が落ちる。
もう起き上がる力は無かった。
雨粒は相変わらず重たく体を突いてくる。
いつかの戦場を思い出した。
あの時空から降ってきたのは雨ではなく、銃弾と爆弾とその他諸々の凶器だったけど。
異様に寒くなってきた。体が勝手に情けなく震える。
俺はここで死ぬのだろう。
「椿……」
口から出てきたのは、あの時から片時も忘れたことのない、大事な名前だった。
1度呼んだらもうそれしか縋るものがなくなって、何度も何度も呼んだ。
ざらざらとした泥水が口の中に入ってくる。
吐き出す気力がないまま、何も見えなくなった。
雨の音がいつまでも続いていた。
最初のコメントを投稿しよう!