砂敷村

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戦争が終わったことは知っている。 終戦を決定付けることになった戦いに、佑真も参加していたからだ。 ではその時に負ったものではないかと思いもしたが、傷の状態からしてつい最近に負ったものだと泉桜は言う。 戦争が終わってからここに来るまで自分は一体何をしていたのだろう。 「ショックで忘れてるのかもね」 「ショック?」 「衝撃的で受け入れられないことが起こると脳が心を守ろうとして勝手に記憶に蓋をしてしまうのだって」 佑真は苦笑した。 自分でも在り処が分からない心を守ろうとするなんて阿呆らしい。 「痛くない?」 「いや」 「傷のせいで生活し辛いでしょう」 「平気だ」 赤黒く変色した肌に化膿止めを塗りながら、泉桜はいつもこうして佑真に伺いを立てる。 答えはいつも同じで、問題ない、平気だの一辺倒だった。 これは3分の2は本当で、残りは強がりだ。 少年兵は痛覚が鈍くなるように暗示をかけられて育つ。 お陰で普通なら耐えられないような傷を負っても、その身を賭して戦えるのだ。 「我慢強いのね」 さすが軍人さん、と泉桜は励ますように言った。 軍人であることを誇りに思ったことはないが、こう言われると残り3分の1の強がりに力が宿る気がするから不思議だ。 扉が勢いよく開いたのは、佑真が丁度着替え終えた時だった。 「御姫様ー!」 「おはよー!」 高い声で囀るのは、村の子供達だった。 「皆おはよう。昨日はよく眠れた?」 「うん!」 「それは良かった」 飛びついてきた子供を受け止めて、泉桜はふわりと笑った。 「御姫様」 子供達の後ろから女が顔を出した。 「若菜さん。どうされました?」 「最近肩凝りが酷くて。子供達送りがてらちょっと来てみたのだけど……」 「まあまあ!」 こっちに来てください、と泉桜は囲炉裏端に若菜を座らせた。 泉桜の家は薬屋の家系だった。 この村に医者はおらず、必要な時に隣町から呼んでくるのが常である。 その為村人達は体調を崩したり怪我をしたりすると、まず泉桜の元を訪ねる。 泉桜にも手当てや処置に関しては、ある程度心得があった。 だからあんなにも手慣れていたのだと、佑真はこの時ようやく理解した。 薬を受け取り、晴れ晴れと帰っていこうとした若菜は、ふと戸口で振り返った。 部屋の奥、日陰の中にぽっかりと浮かぶ双眸は、生まれてこの方光を見たことがないかのように暗く渦巻いている。 「あの、御姫様」 子供達に囲まれながら、泉桜が顔を上げた。 「あの……」 この人大丈夫でしょうか。 言いかけて、しかし言葉にならず空気だけが抜けていく。 滅多なことを言って逆恨みでもされたらどうしようかと、そんな考えが脳裏を過った。 しかもここには子供達を置いて行かなくてはならないのだ。 「いえ」 へらりと笑って若菜は口を噤んだ。 「子供達のこと、お願いしますね」 触らぬ神に祟りなし。 この言葉を今日程ぴったりと使える日は永久に来ないだろう。 若菜はそそくさと立ち去った。
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