砂敷村

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身はとても柔らかくなっていた。口に入れると甘いタレの味と魚の脂が絶妙に混ざり合い、舌の上で蕩けていくようだった。 休む暇なく口を動かし続ける佑真に、泉桜は感心しつつ水を渡した。 「よく食べるねぇ」 「今食べないと、次にいつ食べられるか分からないから」 戦場では食料は常に不足していた。いつもお腹を空かせていたため、奪い合いも発生していた。 だから食べられるうち、とられないうちに食料を摂取しなくてはならなかった。 「そっか」 砂敷村(さじきむら)とて余裕がある訳ではないが、そこまで逼迫していないのもまた事実だ。 特に村長の娘であった泉桜は幼い頃から衣食住に関して困窮した経験は、あまりない。 泉桜は魚の腹の部分を箸で切り取って、佑真の皿に置いた。 「それ、あげる」 面食らって顔を上げた佑真に泉桜は片手でガッツポーズをとった。 「いっぱい栄養つけて、早く元気になってね」 午後になると、泉桜は子供達を引き連れて村の中心にある畑へ移動した。 ここで畑作りの実習をする。 泉桜は収穫のタイミングがどうの、雑草が実は薬になるだのと、逐一子供達に教えていた。 その様子を畑の横に立っている木に寄りかかって見ていた佑真の元へ、先程とは違う女の子がやってきた。 「これ、あげます!」 真っ赤なプチトマトであった。受け取ると、女の子はスカートの裾を握り締め、上目遣いで佑真を見た。 「あの、それずっと杏が見てきたトマトなんだけど」 「……」 暗に食べて欲しいと言われて、佑真は口の中にトマトを放り込んだ。 「……甘い」 「お、美味しい?」 「ああ」 美味しいよ、と告げると女の子は頬を赤くして走って行ってしまった。 その後からも繰り返し女の子達がやってきては、佑真に獲れた野菜を与えて行った。 それに気づいた男の子の1人があー、と致命的な何かを発見したように叫んだ。 「勝手に食べさせてるー!いけないんだ!」 なによ、とつんとした表情で言い返したのは、煮魚を持ってきてくれた子だった。 「葵みたいなやつにはあげたくないけど、お兄さんはいいの!」 「なんでだよ!」 「なんでって……」 頬を赤くしてもじもじした女の子は佑真の顔をチラリと見て、強気に言い放った。 「とにかくいいの!御姫様だって、自分のご飯あげてたもん!」 「2人とも」 泉桜は立ち上がり、腰に手を当てて言い聞かせるように言った。 「葵くんの言う通り、ここの畑の食べ物はみんなのものです。だから勝手に取って誰かにあげるというのは本当はダメなことです」 分かったわね春ちゃん、と言われた女の子はしゅんとして項垂れた。 「ごめんなさい」 他の女の子達もつられて素直に謝った。 でもね、と泉桜は人差し指を立てた。 「誰かにものを分けてあげようってそういう心はとっても素晴らしいことです。佑真くんは病み上がりですし。そういう気持ちはこれからも大事にしてくださいね」 ね、と笑われて女の子達は明るさを取り戻した。はい、と声を揃えて元気に返事をした。 なんだよぅ、と葵は口を尖らせた。 「決まりを守ることは大切なことですからね」 葵くんみたいな子がいてくれて良かったと、泉桜は葵の頭を撫でて慰めた。 それに些か気を取り直した葵は、羨ましい気持ちで佑真を取り囲む女の子達を眺めていた。 「なあなあ御姫様」 「なに?」 「俺もあっちに行ってきていい?」 あっちと指差す先で佑真は子供達に揉みくちゃにされていた。 「いいよ」 くすりと笑って泉桜が答えると、葵はのしのしと突進していった。
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