砂敷村

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突き飛ばされて、佑真はナイフを片手に慌てて距離をとった。 今刺した子が、今度は自分を刺そうとしていた。勢いよく振り上げられるナイフが自分の顔目掛けて落ちてくる。 きらりと反射した刃先に間抜けに目を見開いた自分の姿が映った。 ああこれでは殺されるなぁと他人事のように思った。 次の瞬間、頭の中がすっと冷え渡った。 冷静にナイフを避けてその子の懐に入り、腹にナイフを突き刺した。 今度は先程よりも強い力で。突き刺さっても尚、力を込め続けた。跳ね返ってきた生温かい血が、顔や手を汚した。 「うっ……!」 その子は佑真を引き剥がそうとしたものの、だんだんと力が抜けていった。そして腹を抑えたまま、横にどっと倒れた。 血が床に流れ出していた。流れた分だけ、この子の命が失われているような気がした。 嗅いだことのないくさい匂いが鼻から喉の奥にまで回ってきて吐きそうになった。 部屋の中では他の子供達も殺し合いを始めていた。どこもかしこも血だらけで、同じような匂いがより濃く、蔓延していた。これは血の匂いなのかと佑真は理解した。 このまま立ち尽くしていたら殺されてしまう。 自分の後ろに落ちていた、誰かが落としたらしいナイフを拾いあげた。 そしてまだ立っている子供の背中目掛けて走り出した。      * * 「佑真くん」 蒸し暑い昼のこと。 晴渡った空が高く透き通っている。 ぼうっと空を見上げていた佑真は、太陽の光と同化して透明になってしまいそうに見えた。 泉桜は思わず呼び止めた。 ふらりとこちらを見たその顔は土気色だった。 「大丈夫?」 病み上がりだというのに子供の相手をさせてしまった。 子供達もよく懐いていたからそのままにしていたが、良くなかったのかもしれない。 疲れが取れていないことは明白であった。 「問題ない」 澱みなく答えて、佑真はまた空へと意識を飛ばしてしまった。 よっこらせ、と泉桜は立ち上がった。 眼前にはがら骨のような木々の森が淋しく広がっていた。 足元では先月植えたばかりの木の苗が、必死に枝葉を伸ばしている。 それも山の風に曝され、弱々しく震えていて、心許なかった。 こうして日々作業をしているが、山を生き返らせるには程遠く、途方に暮れそうになる。 それでも。 「佑真くん」 泉桜は包帯のしていない方の佑真の手を軽く引いた。 虚ろにこちらを見た佑真に、少し歩けそうかしら、と問う。 おずおずと頷いた佑真を引き連れて、泉桜は森に入った。 やがて清涼な流水音が聞こえてきた。 あまり大きな川ではない為、しっとりと染み込むような音だ。 水気を孕んだ木々や土の香りに包まれながら枯れ枝と倒木を超えると、木々が途切れて、柔らかな陽光が降り注いだ。 いよいよ川が姿を現した。 1粒1粒これ以上ない程澄んだ水滴が、寄り集まって山の下へと勢いよく流れている。 川底には大きな石がごろごろと転がっているのが見えた。 そこから更に10分程川を登った場所にそれはあった。 「ここだよ」 泉桜が指差した先には小さな水溜まりがあった。 底からこんこんと水が湧いていて、溢れたものは川へと還っている。 陽の光で泡がきらきらと輝いていた。 来て、と泉桜は佑真を横に立たせた。
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