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そよそよと伸びかけの黒い髪が風に弄ばれている。
まだあどけなさの残る安らかな寝顔だ。
固く閉じられた瞳は、もう2日間このままだった。右目の下から頬にかけて手作りのガーゼで覆われている。ガーゼで覆われていない場所も擦り傷だらけだった。
半纏から見える右手は包帯が巻かれていた。
枕元には洗濯されて綺麗に折り畳まれた軍服と軍帽が置いてあった。
布団の横には全長90センチ程の軍刀が寄り添うように横たわっていた。
ゆっくりと掛け布団が上下している。
ガーゼを取り替えようと家主が小さくて白い手を伸ばした、瞬間。
客人がかっ、と目を開いた。
それはほとんど反射だった。
客人は伸びてきた手を振り払い、起き上がった勢いのまま目の前にあった家主の体を突き飛ばした。
傍にあった軍刀を手に取り、鞘から刀を抜き取る。
家主の体は簡単に吹き飛んで壁にぶつかった。鈍い音と同時に勢いよく扉が開いた。
玄関から外の光が差し込んで、部屋の中が一段と明るくなった。
「てめぇっ」
外に立っていた男が飛び込んできて、槍を突き出す。迷いなく、客人は鞘から軍刀を抜いた。
「止まりなさい!」
凛とした声が響き渡った。特別厳しい声でもなかったのに、動きを止めてしまうような不思議な力強さがあった。
槍の刃先は客人の首元まで迫っていた。客人は自警団の男の足ーー丁度腱の部分を削ごうとしていた。男のズボンがうっすら切れている。
「十和くん、引いて」
手で男を制した家主は痛そうに顔を顰めながら、後頭部を撫でていた。
「でも!」
「良いから。ここは私に任せてちょうだい」
強い視線で男を制した家主は、客人へ向き直った。
客人は軍刀を構え直して今度は家主の鼻先へと向けた。
家主は、まだ幼い少女だった。
背中まで伸びた長い髪は日本人にしては珍しい淡い茶色だ。丸い目の中で、同じ色の瞳が鋭い光を携えている。日陰でもはっきりと分かるほど肌は白い。
「貴方も刀を納めて」
涼しい声で訴えかけてくる少女を、客人は殺気を込めて睨みつけた。
「ここはどこだ。俺に何しやがった」
久しぶりに声を出したせいか酷く嗄れていた。
永遠の眠りから覚めてしまった亡霊のようなその声はあまりに不気味で不吉だった。
その様子に知らずぞっとしてしまった男とは違って少女は淡々としていた。
「ここは砂敷村。貴方はこの村の外れで倒れてたのよ」
数日前の雨上がりに村人の1人が発見したのだ。
軍服姿の少年は傷だらけではあったもののまだ息があった。
近頃噂の≪鬼の子≫ではないかと村に入れることを反対する人もいたが結局この少女の進言で助けることになったのだった。
ただし少女1人では何かあった時に対応できないからと、24時間体制で自警団の団員が見張りに着くという条件付きではあったのだがーー。
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